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10.復帰への道

 静かになった寮の中。孤児たちの教育係でもあったミランダとキャトリンの二人は、いくらか老けこんだように見えた。


「うちらも子供こさえようかねえ」

「なに馬鹿なことを。いったいどこの誰が種をくれるってんだい。外で尻出して待っていても、風が撫でていくだけだよ」

「あははっ、尻が乾物になっちまうね」


 キャトリンは、また孤児を集めようか、と洩らすとミランダは、おや、と意外そうな声あげた。慌てて金切り声で言いつくろう様を、ミランダはからからと笑っている。

 そんな二人の会話を、羅刹とティナは酒を交えながら微笑ましく聞いていた。


「金切り声もしなくなって久しいな」


 羅刹が言うと、ティナは小さく頷いた。


「この前、裏通りの連中が『あの愛想のないババア死んだのか?』と、寂しげな声で訊ねてきたほどだ。働き始めた当初は口うるさく、何を言われるかビクビクしていたものだが、いざ叱られることがなくなると寂しいものだな」

「巣立ちとはそんなものだ。ガキどもも今、きっとそう感じているだろう」

「ふふっ、うちにはお母様がいるから大丈夫だ」


 それもそうかと笑い、湯飲みに入れた酒をぐいと飲み干す。

 初めて米の酒を口にしたティナも、気に入ったのか六杯目を注いでいる。


「あ、あっしには鬼が二匹……でやんす……」


 その正面では餓鬼が倒れている。

 余興として、“現実”を仮想敵にした独り相撲を、三時間ひたすらさせられ続けたのだ。


 年末が慌ただしいのはどの世界線でも同じようだが、ボーインの娼館は穏やかな年明けを迎えようとしていた。

 主軸となっていたシスターらも、もう三分の一しか残っていない。

 エイミーやホリーは、縁談がまとまるとすぐ式を挙げた。

 娼婦の身であったのを慮り、式は内々の慎ましいものであったが、花嫁は仲間のシスターたちに囲まれ、顔いっぱいに笑みを浮かべた。

 めっきり冷え込む年の瀬。娼館の代表として式に出かけたティナは、その疲れを癒す間も無く、今年最後となる大イベントの準備に取り掛かった。

 身につける武具はかつてのデビュー戦のものを。下に着るドレスローブは新たに、働き貯めた金であつらえる。その色は騎士の青ではなく、ライコーンのカラーである薄い朱色。

 この試合を経て、騎士であった自分を取り戻す。そんな意思の表れに感じられた。


「羅刹。ゆくぞ」

「おうとも」


 羅刹はいつもの虎柄の腰巻一つ。

 ミズーラ域の慣れ親しんだ部屋を後に、見送る娼館の者たちの見送りを受けながら出立した。

 街道に差し掛かるればティナは頭に角を生やし、自信たっぷりな笑みを浮かべる。羅刹も笑みを返すと、二つの鬼が大地を蹴って跳ねた。

 力のコントロールはほぼ出来ている。

 人間では味わえない世界に、楽しい、と“新入り”は初めて鬼の感想を口にした。


 ◇


「あ、あの、ティナさん……」


 スタジアムのあるダロスの塔の前では、小さな愛人・ロアンが赤と青の花束を持って待っていた。

 他にも兄のグランドやリサ、エイミーとホリーら嫁いだシスターたち、そして孤児であった子供たちが並んで迎えてくれる。また、子供たちの中には餓鬼の姿もあった。

 ティナはこれに相好を崩した。

 ……が、喜びすぎて病気が発症する。建物の裏に連れ込んだその数分後、腰砕けになった少年を担いで戻ってくる妖艶顔の鬼女に、誰もが呆れ顔を浮かべた。


 応援すら入れないため、皆はスタジアムの外で待つことになる。

 そうだと思っていたせいか、控室に見慣れた姿があるのも気づいた時、ティナは大きく驚いてしまった。


「こんな時ぐらい欲求を抑えなさい」

「は、はい……」


 鬼となっても母には弱い。

 控室で待っていたリアーナに、ティナはデビュー時のように小さくなっていた。


「勝敗はどうあっても構いません。ここで失われていた騎士の姿を取戻し、胸を張ってフォード家に戻って来なさい」


 思わぬ言葉にティナの目が潤む。


「お、お母様……」

「試合前から泣くものではありません」


 はいと返事とするも、鼻を啜り、差し出されたハンカチは長く目元から離れなかった。

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