18.風運ぶ声
それから一週間が過ぎ、娼館の方でも大きな動きがあった。
ミズーラ域のポーカ通りには馬車の走り抜、下流区域にはそぐわない身なりの男とその供回りが、町を散策するように歩いている。
娼館の中では緊張の闇が落ち、燭台の火種も耐えかねるように身じろぎを続けている。
ぼんやりとした灯火が揺れるたび、隣の寮から眺めている孤児たちはぐっと息を呑み込む。キャトリンも注意するが、この日ばかりは彼女もあまり強くは言えなかった。
育ててくれたシスターたちが、本当の娼婦となる夜なのだ。
大きな人影が廊下に映った時、子供たちは懇願するような声をあげた。
一つ、二つ、と消えてゆき、最後には最低限の明かりが残った時、子供たちは耳を塞いで蹲った。風の音が、苦しみうめく声のように聞こえたのだろう。中には泣き出しそうな顔をしている子もいた。
その姿を見たキャトリンは、子供たちの前で毅然として言い渡した。
「喪の光を見て、寂の音を塞ぐ何ごとです」
彼女らの覚悟を尊び、それに報いること。
窓を開くキャトリンの言葉を受け、子供たちは瞳を潤ませながら耳をすませる。
この夜は風が強い日だった。ひゅうと吹き込む風の中に、聞こえないはずの苦悶の声が混じっている気がした。
「俺が更に悪者になった気がするぞ」
「悪者以下があるものか」
シスターたちのそれは、子供たちに“打倒悪魔”を胸に刻み込んだようだ。
それから四日後。彼女らが“一般公開”されるようになると、それ目当ての客が日を追うごとに増えてゆく。
入れ代わり立ち代わり、仕事を終えた彼女らは毎朝、倒れるようにして寝床についた。
「ガキの躾に使われるのも鬼の仕事か」
そう言って、今日もたくさんの明かりが灯る娼館を眺めた。
慣れ始めたことに複雑な表情をする者や、未だに困惑の表情を遺す者もいる。
最年長のホリーに関しては、直接相談があったほど沈んでいた。花散らしの相手はバーナードではなく、ライコーンに居を構える名家の嫡男だったためである。
彼女自身もバーナードであれば、と祈っていただけに酷く落胆の表情を浮かべていた。
『二度目は奴だ。その時もまだ苦しかったのか?』
『い、いえ……! その、凄く気遣ってくれて、最初よりもその……』
『男で感じた初めての相手、それは純潔を与えるよりも大事だと思うがな』
ホリーはそれに顔を赤らめ、口元に薄らと笑みを浮かべて頭を下げる。
それからも、バーナードは時おりやって来てはホリーを指名する。当人たちはそれで幸せそうであるのだが、最近では、
『手慣れてきた私に、困惑されていて……』
『知らんがな』
ホリー以外にもそのような者は実際多く、花散らしの相手がいたく気に入り、娼婦と客以上の関係を望む声も耳に入るようになっている。
羅刹と相手を選んだローガンも、元々そのつもりではあったので、本人らがその気になれば足を洗うことも構わない。
一方、最年少のエイミーは店には上がらず、同年の貴族の三男と顔を合わせる形で、女衆として邸宅に務めている。
風に秋の気配が感じた羅刹は、そろそろ次のことをしようか、と身体を大きく伸ばす。
その後ろからティナが歩み寄ってきた。
真新しい朱色のローブに身を包み、手には二通の手紙が握られている。
「私の闘士にお手紙です。『先日、ファンの皆様に感謝を告げに姿を現しました。全員棒立ちになり言葉を失ってました。次のスタジアムの観客は三分の一に減りました』――ペンネーム・可愛い子猫ちゃん」
「え、ぶっコミュされたの? つか何だそのペンネーム」
「……お前、プリスカ嬢に何をした?」
背中を押しただけだが、と白々しく答える羅刹に、ティナは呆れるしかできなかった。
「私には初めてのファンレターが届いたと言うのに」
これも一緒にと、ティナは見覚えのあるローブを嬉しそうに揺らした。




