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15.似たもの同士

 ダイニングの中。シスターたち全員が沈んでいる。

 それもそのはず、彼女らは盗賊たちに正解の箱を教え、奪わせ、一部を懐に入れようとした。これが失敗した今、よくて投獄・追放、リサをはじめとした殆どの共謀者は、間違いなく断頭台ゆきなのだ。

 しかしそれを知るのは鬼・羅刹とティナのみ。

 シスターらがどのような選択を取るべきか、火を見るより明らかであった。


「――よく彼女らの企みが分かったな」

「賊に襲われたことにして、蔵の金子(きんす)を懐に収めさせる。昔やった方法だからな」


 金を得る方法はそれしかない、神の僕を救うためならお許しくださる。

 シスターたちは勝手な解釈をし、この計画を立てた。……が、話し合った場所がこの世界の十字架・“×印”のシンボルの前だったせいかか、結果、彼女らに天罰が落ちることになってしまう。


「だから、ミズーラに……」


 リサたちはミズーラの裏通りにて、襲撃してくれる賊を探していたのだ。

 だが、企てを知った男、羅刹が寄ってゆく――。

 男はカルガの町に蔓延っていた賊の頭だった。フートラン修道院にやって来た時、ティナが感じた気配もその配下である。

 羅刹の『掃除する』との言葉はここに、賊の頭を殺害して化けることにあった。


「あの男は幸せモンだ。自分の分身が修道女の初物を味わったんだからな」


 ぐわっはっは、と笑う鬼に、リサは拳を固く握り締める。


「まぁ遅かれ早かれこうなっていた。見ず知らずの男に突っ込まれることを思えば、相手で鬼で良かったかもしれんな」


 他のシスターたちは、身体をびくりと震わせた。

 リサ以外のシスターはみな、羅刹の言葉通りになるのだ。ホリーに到っては顔を真っ青に、肩を抱いてガタガタと震え上がっている。

 一方、彼女に好意を抱くバーナードは事情が分かっておらず、呆然と突っ立ったまま彼女らの姿を眺めていた。


「てめえの飼い主、ローガンからたっぷりと報奨金がもらえるだろう。それを賢く使え」


 羅刹がポンポンと肩を叩くが、バーナードには聞こえているか分からない。

 部屋を出た鬼を追いかけたティナは、十分に離れたのを見計らって、胸のわだかまりを訊ねた。


「子供たちはどうするつもりだ?」

「奴らも娼館に放り込む」

「そうか……。それで?」

「人が増えれば作業の手も必要になるだろう」

「ふむふむ。それからそれから?」

「ガキの管理を、我がご主人様にやってもらう」

「その言葉を待っていた」


 ティナは両親指を立て、ぐっと前に突き出した。


 ◇


 シスターたちがミズーラ域に移ってきたのは、それから半月後のことであった。

 羅刹は何人か逃していると思っていたものの、蓋を開けてみれば、大人十三名と子供十名。何と全員がやって来る。

 空き部屋が多かった寮も一度に埋まり、日中夜賑やぐようになっていた。

 ボーインや元いた娼婦は驚いたが、何よりシスターと子供たちが大所帯で街を訪れ、真っ直ぐに娼館に入る姿を見た住民たちが驚き慄いてしまう。


『あそこは神の僕すら男の糧にするのか!』

『何と非情な奴なのだ、孤児らしき姿まであるぞ!』


 店は一時、〈悪魔が口開く娼館〉と揶揄される。

 当人が一番困惑していたものの、三日もすれば開き直り、


『悪魔は美食家。それが選んだ女がいる店だ』


 と、答えるまでになっていた。

 これにミズーラ域の住民たちは、ほう、と関心の息を吐く。

 揶揄していても内心は興味があった。

 清楚・清純の象徴が、かつ端麗な容姿の女が娼婦になるのだ。男たちが黙っているはずがない。

 半信半疑だったものの、掃除や買い物などの下女の仕事をしている彼女たち――娼婦になると決まった女にはめられる腕輪を、しかも生娘だと明かす紋様が入った物を見るや、住民たちは揶揄していたことを都合よく忘れた。


 そして寮では、痩せ型の娼婦・キャトリンの金切り声が今日も響く。


「――遊んでないでちゃっちゃと仕事しな!」


 ゴミ箱を手にして笑い合ってた孤児たちはすくみ、蜘蛛の子を散らすように各部屋に向かって走り始めた。

 また、食事の時間になれば、ミランダの野太い声が響く。


「よーし、今日もどんどん食いな! 騎士になりたきゃまず食べることだ。鎧は身体を使っちゃくれないよ!」


 騎士になる。子供たちは必死で飯を口に運び始める。

 バーナードらを見たこともあるだろうが、大きな原因は羅刹にあった。

 ここがどういう場所なのか子供ながらに理解しているらしく、大好きなお姉ちゃんたちを陥れた悪魔を倒したい、との想いが突き動かしたようだ。

 また、ミランダの作る飯は修道院では考えられない量で、当時は困惑していたものの、今では美味い美味いと平らげるようになっていた。


「私は剣術を、娼館の女たちは教育者に――お前はこれを見越していたのか?」


 昼下がり。子供たちは昼寝の時間を迎え、娼婦らは夜に備えて就寝する。

 唯一静けさに包まれるこの時間、休みを与えられたティナは久々の部屋に戻っていた。


「さあ? 鬼は虐げるだけ。単に口うるさい小姑らの存在が、いい方向に転がっただけだろう」

「ふふっ、まぁそういうことにしておこう。――ああ、ローガン様から小銅貨が入った手紙が届いていたぞ」

「いよいよ若さを取り戻したか」


 ぐわっはっは、と鬼の高笑いが響く。

 無人となったフートラン修道院は、しばらくウォールの街の練兵場として使用されることになった。

 周辺に広い平原が広がり、有事には前線砦としても機能していた建造物。街はこれを欲しないはずがない。

 ローガンは勧進(かんじん)の金を守り、町を荒らしていた賊を一掃したことで発言権が強まる。

 かつての想い人・シンシアを手中に収めたことで、かつてのギラついた野心を取り戻したのだろう。今ではウォールの街の権力を欲しいままとなっている。

 届けられた一枚の小銅貨。これからも取引を続けたい、との意であった。


「それで、シスターたちの花散らしはどうするのだ……?」


 手淫や口淫だけで済ませられるはずがない。

 清い身体を包む修道服を脱ぎ捨て、純潔を破り、そのための身体にならねばならない。最初の相手は、女たちにとって最も大切な“始まり”となる。

 そこらの馬の骨では、とティナは思っていた。


「それは既にローガンに伝えてある」

「ローガン様に……?」

「ぼんぼんの筆おろしにって奴は多いだろう」


 ああ、とティナは納得の声をあげた。

 よその女を泣かせるくらいならばと、息子に高級娼婦を与える貴族は多い。しかし下手に安い娼婦を与えれば、梅毒など病やおかしな知識を入れこまれる恐れがあった。

 清い身体を持ち、奸策とはほど遠いシスターは、高級娼婦以上と言える。そして禁忌を犯す、その初物を頂くなど滅多とない機会だ。


「身元も確かとなれば、彼女らも幾分か気持ちは楽になる、か。――ならば、気持ちが固まっている今のうちにだな」


 シスターたちは既に覚悟を決めてる。

 来た当初はまだ決心がついていないようであったが、


『飯を食いたきゃキビキビ働きな! 何も出来ないで育った奴は負け犬と同じ、いくら吠えたって手遅れだ。外の世界は弱い奴から死んでいく極寒の地。』


 子供たちへのキャトリンの小言が、シスターたちを立ち尽くさせていた。

 かつて巣立った孤児が、路頭に迷って凍え死んだ。

 何も出来ないとの理由だけで追い出した里親ではない。ヒナに飛び方を教えていなかった自分たちに責任があった――。

 翌日。彼女らは自らに罰を与えるかように、先輩となる娼婦に作法を請い始めた。


「ところで、お前はかつて疫病などを振りまくと言っていたな?」

「ああ。争いごとや飢饉などを起こすのも鬼の仕事だ。たまに天狗に丸投げするが」


 ティナは戸棚から手のひら大の包みを取り出す。

 茶色の紙に包まれた中身は、黄色いチーズであった。ほのかに危ない臭いがしている。


「……いけると思うか?」

「体調を崩せばダメなものだ」


 唸るティナはしばらく腕を組んで思案した。

 一儲けした自分を祝うために奮発したのだが、修道院の騒動などで食べ損ねたまま二ヶ月近く放置していたのである。

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