14.鬼は化ける
修道院の中では時間の流れは掴みづらい。
特にこの日は雲が空を覆い、月明かりも殆ど出ていない。日の入りを告げる鐘が鳴ってから一時間か、二時間か。子供たちを寝室に向かわせる声が、唯一、時を知る術だった。
ティナも歩いてきた疲れが現れ、うとうととし始めたその時、一瞬で目が覚めるような甲高い音がした。鉄柵扉が開かれたと分かるが、その勢いは凄まじかったらしい。遅れて震天動地を告げるような、修道院の玄関扉を叩き破る音が轟いた。
『ジャンッ、どうしたのだ!?』
喫驚するバーナードの声が、廊下を駆け抜ける。
雨が降り始めたのだろう、鎧の表面を塗らした男が、荒い息を吐いて横たわっていた。
ティナに遅れてシスターたちも駆け寄るが、その中で、恐らくホリーのものと思われる声が、やった、と言ったように思えた。
「か、勧進の金を積んだ荷車が……」
「なっ!? そ、それで、う、奪われたのか!?」
ジャンと呼ばれた男はうつ伏せに、肘だけを立てていたが、突然くっくと肩を揺らしたかと思うと、ごろんと転がり、仰向けのままついに大笑いし始めた。
「隊長が、くくっ、既に敵の襲撃を知っていて、うくくくっ、奴らが襲う前に我らの隊が急襲したんだ、あっはっはっはっ! お尋ね者が三十人、全員だぞ全員ッ、全員慌てふためきながら死んでいった! ウォールのライオネル隊は、大戦果を上げたぞ!」
拳を突き出すと、バーナードも肩を抱いて喜びを分かち、笑い始める。
子供たちが何ごとかと降りてくるが、歓喜に転げる騎士を見ただけでは何が何だか分からない。
とりあえず楽しそうな空気に感化され、明るい雰囲気を漂わせる。――が、しかし、それに反してシスターたちは重く、絶望めいた空気が落ちていた。
「そ、そんな……」
ホリーがよろよろと、尻から倒れそうになるのを仲間が支える。
だが、シスターたちもみな青ざめ、いつ倒れてもおかしくない状況だった。
「どう、して……」
リサがそう言った時、ジャンが外を指差し、
「戦神が来たぞォ! 我らに勝利をもたらしたヒーローの登場だァ!」
そこから、ぬっと顔を出したのは何と羅刹であった。
赤い身体は雨で濡れ、燭台と外の月明かりを受けててらてらと光っている。しかし一部はその光を吸うかのように、黒く濁っていた。
「夜更かししているガキどもはどこだぁ?」
子供たちは羅刹の姿を知らない。
四本の牙が突き出す醜悪な顔、額には二本の角を生やす。血で染めたような巨大な身体は、子供の目には天をも覆う悪魔の姿に見えるだろう。
がおー、と両手を広げると、子供たちは悲鳴をあげて一目散に逃げ出した。
「ぐわっはっはっは! たらふく人を食っているので、今日は見逃してやろう!」
子供たちが慄いたのはその姿だけではない。
右手に持っていた生首が原因である。
一瞬の雷光に浮かべば、ティナの頭に“ある光景”が思い出された。
「――ほれ、こいつが襲撃の首謀者だ」
ぽいと投げ、ティナやシスターたちの足下に生首が転がる。
悲鳴を上げて後ずさりするシスターの中で、ティナとリサだけがそれを注視していた。
「やはりこの男は……!」
それは、リサが誓いを破った日、その相手の頭であった。
どうしてかと問おうと顔を上げると、ティナは悲鳴を飲み込んだ。
正面には同じ顔をした男が、ニヤリと笑みを浮かべて立っているではないか。
「まさか……まさか、嘘よ……」
リサが手を震わせながら、男を指差す。
「鬼よ正体を現せ、どろんってか? ――そう、俺様よォ!」
ぐにゃりと姿を歪ませ、現れたのは羅刹であった。男に化けていたのだ。
リサは膝から崩れた。
そして、絶望めいた表情で胸に掲げている“×印”のチョーカーを掴み引きちぎると、
「何でよおおおおおおおお――ッ」
それを石床に叩きつけ、どんと石床を殴った。




