第五話 再び
レスカが住むこの街、【ガルミリア】にユウが来てから数日が経過していた―
レスカは今回の森の騒動について、集会所に街の住人を招集してからこのように要約して説明した。
『魔物の住処とされている洞窟にユウが入り込んで狩り尽くしたことで、他の生物たちが脅威が現れたと認識して、森から逃げ去った。あいつは魔物を倒していただけ』と...
事実上、ユウが魔物を倒していただけだったことに加えて、信頼関係のあるレスカの言葉…住人はあまりの大雑把な説明に不満が残っていたが、「まぁ、レスカがそう言うなら」と納得してくれた。
ユウが自暴自棄で魔物を殺していたことを黙っててくれたのは、レスカの配慮だったのだろう...
万が一話していたら、ユウは狂人扱いされていたはずだろう。
そして――レスカが報告を行っている数日間、街から数㎞ほど離れた草原にユウはいた。
夕日が木々の隙間から差し込み、草の葉の先に残った露をきらきらと照らしている。足元には柔らかい土と短い草が敷き詰められ、剣の切っ先が地面に触れるたびに、湿った土の匂いがふわりと立ち上がった。
「……っ、はっ」
ユウは息を吐きながら、黒い刀身を頭上に掲げる。両手で柄を握り込むと、白い包帯の巻かれたグリップが手のひらに馴染む。そして、渾身の力で振り下ろした。
鈍い風切り音が空を裂く。
大剣は地面のすぐ手前で止まり、土を浅くえぐった。砂利と草屑が舞い、ユウの頬をかすめる。肩に食い込む重みに顔をしかめながらも、彼は剣を引き上げ、再び構えた。
一回。二回。三回。
最初のうちは、ただ重いだけの鉄の塊だった。振りの軌道はぶれ、着地点も定まらない。腕が悲鳴を上げ、手のひらが擦れて赤くなる。
「すげぇな――」
レスカは街の住人との話がついて、ユウの鍛錬を見に来ていた。木陰の下に腰を据えて、足を組みながら眺めていたが、彼女から見たユウの実力は...ハッキリ言えば、『異常』だった。
大剣を初めて持ってから、まだ数日しか経っていない。ユウと洞窟で出会った時点で、風を纏う一振りを繰り出せたとはいえ、あの重い一刀を振り回すための身体の使い方を、驚くほどの速さで身につけている。
何度も何日も振り下ろしていれば、とてつもない【痛み】を伴っているはず…だった。
それとも感覚がマヒしてるのか
「最初から化け物だったのか、あたしと出会った時には既に...」
レスカはフッと不意に小言を漏らしながら、立ち上がってユウの元に向かった。
「修行は順調か、ユウ」
「っ…いたのか。レスカ」
ユウはビクっと少し驚きながら大剣の振る手を止めた。ここに彼女が来ることを想定していなかった反応だった。だがレスカはお構いなしに近づいて、ユウが大剣を振り下ろしてえぐれた地面を見つめた。
「あんたさ、いつから剣を握り始めたんだ?」
「いつから…と言われてもな」
下に俯きながら少し思い出そうとした。だがいつから、なんて正確に出てくるはずもなかった。
「覚えてない。物心つく前には既に親に教わってた、父親は冒険者だったから」
「へぇ…親がね。良い両親だったのか?」
ユウはまたサラッと口に出してしまったことに気が付いた。だが、レスカにならもう話すことへの抵抗はなかった。壊れかけた自分を受け止めてくれた人になら…
ユウが口を開きかけた瞬間――
「レスカさぁん!!」
遠くから、男の叫び声が響いた。
二人は同時に声のした方へ顔を向けた。
草原の向こう、街へと続く道から、2人の若い男が必死の形相で駆け寄ってきていた。息は切れ切れで、服は泥と汗まみれ。その顔には、明らかな恐怖が張り付いていた。
「レスカさん! 大変なんです! 魔物が…魔物の群れが、こっちへ向かってきてるんです!」
男はレスカの目の前まで来ると、膝をつくようにして息を切らせた。
ユウは『魔物』という言葉が耳に聞こえた瞬間、大剣を握る力を軋むほど強めていた。
「魔物の群れ?…何体だ。だいたいでいいから教えな」
「わ、分かりません。でも、少なくとも十以上は……!街の正門の方角に向かって来てると通達が!」
男はそう言い終わると、懐から一枚の通達書を手渡してきた。
それを受け取って、内容を読んだレスカの表情が一瞬にして険しくなった。
「……正門、ね」
レスカの尻尾は苛立ちで地面をブンブンと擦りまくっていた。それもそのはず、街の正門とは森とは真反対の場所だった。森の一件とは別問題…つまり、新たな厄介ごとが舞い降りたことを意味していた。
「ユウ」
レスカは振り返り、ユウを見た。
「ついてきな」
「言われなくても、行くつもりだ」
ユウは即答した。その眼差しには色んな感情が入り混じりながらも、確かな決意を感じられた。
レスカはユウの意思を肌で感じたからか、少し高揚感があった。
以前の壊れた表情をしていた男の目ではなかった。
(本当に変わった奴だな。ユウ)
苛立ちが消え去り、ニヤリと笑った彼女の眼差しにも、獣人特有の戦闘態勢に入った際の鋭さが垣間見えた。
だがその時、駆け寄ってきた男が、ユウの方をじっと見つめた。その目には、明らかな怪訝さが浮かんでいた。
「……あんた、確か、森の騒動の時の」
もう一人男の声も、低く鈍った。
「あの時、洞窟にいたって、レスカさんが言ってた……」
ユウの体が一瞬強張った。街の住人の声は今のユウには毒のように染み渡る。まるであの時逃げたことへの罰を課せられている感覚だった。
「……あぁ」
ユウは低く答えた。
「そうだ。僕が、あの洞窟にいた」
男の顔に、明らかな警戒の色が浮かんだ。
「……まさか、今回の襲撃はお前がやったんじゃないだろうな」
「ちげぇよ、馬鹿が」
レスカが割って入った。身長差で
「さっきもあんたらに説明しただろ?こいつは魔物を狩ってただけだ。街を危険にさらす気なんて更々ない。それに――」
レスカはユウの手にある大剣を、じっと見つめて、そして男に振り向き直した。
「こいつは今、大剣使いになりかけてる。そんなに信用できないならその目で見ておきな。ユウがこれからどんな行動をするかを…分かったか?」
男はまだ納得しきれない様子だったが、レスカの威圧感に押されて、それ以上は何も言えなかった。
「わ、分かりました。でも、くれぐれも…」
「あぁ、分かってる。さぁ、ユウ。行くぞ」
レスカはユウの肩を叩き、街の方へと駆け出した。
ユウの頭の中に後悔がよぎった
あの日の罪悪感。何もできなった自分、
そして――先ほど住人から向けられた敵意
「……っ」
ユウは唇を嚙みしめて大剣を握り直し、レスカの背中を追った。




