第四話 身の丈
数時間後――ユウの震えはようやく収まった、気がつけば昼食を食べる時間帯になっていた。
顔を上げたとき、ずっとレスカに抱きしめられていたことを思い出して、少しこっぱずかしくて軽く肩を押して距離を取った。
「ごめん…」
今言える言葉はこれが精一杯だった。ユウはなんて言葉にすればいいかなんてまったく分からなかった。両親のことを思い出していた…なんて口が裂けても言いたくなかった。
「気にするな、まぁ…ご飯が冷めちまったが、仕方ないか」
レスカは不満の言葉とは裏腹に、安堵したように表情を緩めながら手を離した、そして僕の背中を尻尾でユラユラと撫でてくれた。本当にこの人はお人好しだった。
彼女からしたらこっちが何を考えていたなんて分からなかったはず…それでも抱きしめてくれる、そんなお人好しの表情を見て、ユウも釣られて壊れかけていた顔が緩んだ。
その後、食卓は静かに時が進んだ。2人は席に戻って、ぬるめのシチューやバケットを食べながら、お互いに沈黙が続いた。しかし、この場の居心地が悪いと思うことはなかった。
カチャっ。ユウが食器を皿に置く音が沈黙を破った。
「ご馳走様…」
綺麗に平らげられた皿がユウの真正面に置かれていた。
「全部食べたんだな。美味かったか?」
「かなり美味かったよ。その…ありがとう。」
自分からレスカに向けて感謝の言葉を言ったのはこれが初めてだった。
レスカ本人も目を見開くほど驚いていたが、すぐさまニッコリと表情が輝いた。
「あんたからお礼の言葉が出るなんてねぇ…有難く頭に刻んでおくよ。もう聞けないかもしれない、貴重な、言葉だからね。」
レスカはくくっと笑っていた。若干馬鹿にされていることは分かっていたが、色んな恩があったせいでユウは文句も言えず、コホンと...咳き込んで何とか気を取り直してた。
そして、ユウにはやらければいけないことがあったため、レスカに伝えることにした。
「一つ聞きたいことがあるんだ…レスカ。僕の武器はどこにある?」
「武器?あぁ、あの剣のことか、外の倉庫に保管してある」
「なら、出来れば返してくれないか」
その言葉を聞いた瞬間、レスカの表情は曇った。
「またあの洞窟に戻る気か…」
レスカの眼差しは真剣そのものだった。万が一ユウが洞窟に戻ると言えば、行かせないという意思が瞳にこめられていた。
「ち、違う。鍛え直したいだ」
「鍛え…直すのか……本当に?」
レスカは口をつぐんで黙った。噓じゃないかの確認しつつも、何かを考える動作だった。
「こんな時に噓はつかないよ…君には一撃で負けたし、あの時だって...」
ユウはまた過去を言いそうになって、口を閉じた。居間に再び静寂が戻った。レスカはしばらく「ぅーん……」と唸るようにこめかみを手を当てて抑えていた。
だがすぐに答えが出たかのようにレスカは立ち上がって歩き出した、向かう先は先ほどの部屋だった。
「ちょっと待ってな。すぐ戻る」
ガサガサっと物を取り出す音が聞こえたが、ユウは座って不安げに待つことしかできなかった。手持ち無沙汰で何度も右手に握り締めては開いてを繰り返した。
数分もしないうちに帰ってきたレスカの手には、大剣が握られていた。
そして何と、その鉄の塊に等しい大剣をユウに目掛けてひょいと投げた。
「ほら、受け取りな」
「え……?ちょっ!?」
間一髪で両手で受け止めた。ずっしりとした重みに驚きつつも床に刺さる寸前だったが、ユウはギリギリで持ち上げた。
大剣をよく眺めてみると、黒いの刀身には表面には浅い擦り傷が幾重にも走り、刃先はわずかに欠け、側面には硬い金属同士がぶつかった痕跡が残っていた。柄は白い包帯がグリップ代わりに巻き付けられていて、その末端からは、細い布が一筋、マフラーのように尾を引いて伸びていた。
材質は至って普通の合金ではあったが...武器にそこまで詳しくないユウが見ても、この大剣が何年も使われていることを一発で理解できた。
レスカはユウが大剣を持つ姿を見て、腰に手を当てて嬉しそうに狼耳をピクピクと動かした。
「やっぱりな…ユウ、あんた大剣の方が似合ってるよ」
「…?、こ、これは…どうして急にこんなものを。っていうか投げなくても良かったんじゃ、」
ユウは大剣の重みに耐えながら、ひきつった顔で答えを待った。
「どうしてって…鍛え直したいって言い出したのはそっちだろ?、それにこの前、あたしはユウに言ったじゃないか。あの剣は【身の丈に合ってない】って…」
ユウはハッとして思い出した…、洞窟でレスカに殴られる前に、そのような言葉を言われたことを。
「一応、勘違いして欲しくないから付け足しておくけど…あんたの実力が剣と釣り合ってないって意味じゃない、あの軽そうな剣とユウとの相性が良くないってこと。要するに――適正がなかったってことだ」
「適正…じゃあこの大剣と僕は、適正があるのか、でも一体どうやってそんなことが分かったんだ?」
「あたしに向かって全力で振り下ろしてきたじゃないか、大振りな割に、とんでもない風圧を纏ってたからな、あれは剣の振り方は大剣向きだとあたしは思うね。後は...今もそうやって床に落とさず手にキープできてるのが何よりの証だ」
洞窟の時に振り下ろしたあの一撃。レスカはあの一瞬の戦闘を通して、ユウの適正を見出していたのだ。改めてこの獣人が恐ろしく強いことを再確認した。
「と、に、か、く、…だ。ユウ、今日から大剣使いになりな。本当に鍛える気があるなら……だけどな」
ユウはムッとした。またレスカに逃げ道を塞がれた…さり気なく煽ってくるレスカの口車に乗せられたくはなかったが...この場は吞み込みことにした。煽られっぱなしは嫌だった。
「スーハー…」と一呼吸おいてからユウは答えを返した。
「分かった...やるよ。大剣使い」
「よしきたっ!話が分かるねぇ…あんた。余計気に入った」
レスカは一気に隣に駆け寄って来て、ユウの肩をグイっと引き寄せた。大剣を握った状態にレスカの重みが乗っかって、ユウはさらに顔面がひきつった。
「く、苦しいってば...」
「あははっ!男なんだからしっかり踏ん張りな。」
容赦ない言葉を言い放つレスカとそれに何とか合わせて答えるユウ、傍から見ればすでに仲間のようにも見える2人だったが...事態は何も進展していなかった。
数日後――問題になっていた森は、ユウがいなくなったにもかかわらず、静寂を保ったまま。
さらにレスカの住むこの街に一枚の通達書が届いた。




