第三話 あの声
「――…眩しい」
あまりにも眩しい日差しがユウの顔を照りつける、身体が軋むように重い。日に当てられていたからか、目が乾燥して瞼を持ち上げるのに数分ほどかかった。
ゆっくりと視界がクリアになり、自分がベットの上で寝てたことは確認できたが、腹部を殴られた痛みはまるで引いていなかった…コンディションとしては最悪の状態といえた。
ひとまず身体を起こして、目を擦りながら辺りを見回した。木造で作られた壁と、隅っこに置かれた小さな机の上に探索用の蠟燭ランタン、恐らくこの部屋で使われるライト代わりだろう。誰かの部屋だということはすぐに理解できた。
そして何より目に付いたのは、ユウがいるベットの向かいの壁の一辺、綺麗に横並びに掛けられていた数々の武器だった。
槍、斧、弓矢に大剣、珍しいものだとモーニングスターなんかも飾られてあった。
身体をなんとか動かして、近くで眺めてみた時に発見があった、武器には長年使われた傷があるのにホコリを被っていた…つまりこれが意味することは――
「おいユウ、目を覚ましたなら先にこっちに来て欲しかったんだけどな、まったく…」
「っ!、」
思考が一気に止まって、慌てて振りかえると、部屋の扉の前にダル着姿のレスカが立っていた。以前見た時とは打って変わって、白シャツの上にパーカー1枚、下は長めの紺色のズボンを履いていた。だが唯一変わらなかったところがあり、剝き出しのお腹だけは未だ健在だった。
「ここは…君の家なのか」
「あったりまえだろ?、何であたしがここにいると思ってんだ」
レスカの狼耳が不機嫌そうに、斜めにとんがった。改めて彼女の服装を確認した、気が抜けた格好、そしてかすかにベットから漂っている、香ばしい匂い――獣人特有の、何かを焼いたような体臭だった。
「確かに、君の家だな…」
「復唱しなくても、ここはあたしの家だ。ほら、起きたなら飯にするぞ。」
レスカはユウに背を向けて、鼻を鳴らしながら居間の方へスタスタと歩いていった。だが去り際に見えたズボンからはみ出た尻尾は、上機嫌にふわりと揺れ動いていた。
何気ないやり取り…あまりにも自然で、レスカとの会話はしやすかった。しばらく心に存在してなかった温もりと懐かしさを感じていた。本当に……懐かしかった
『もうすぐできるから待っててね、ユウ……』
突然、脳裏に響いた女性の声…何度も聞いた優しい声、無意識のうちにレスカの背後に右手を伸ばしていた
だがその手は届くことなく、力なく下がっていった。ユウは一人で苦笑いをしながら、レスカの後を追っていった
扉を抜けた瞬間、薪の煙と煮込んだ肉の匂いがユウを出迎えた。
居間は思ったより広かった。太い丸太を組んだ天井からは、煤けた鉄の燭台が吊り下がり、その揺らぐ灯りが床の厚い木板を柔らかく照らしている。木造の壁には所々に乾いた薬草の束が逆さに吊るされていた。
部屋の中央には、大人4人が腰掛けられるほどの長い木製テーブルがある。天板には何度も食事を重ねた跡が残り、端の一箇所だけ、古い傷を木の継ぎで塞いでいた。テーブルの上には、かごに入ったバケット、小皿にチーズ、最後に猪と思われる肉が入ったシチューがまだ温もりを失わずにその場に置かれていた。
「さぁ食べるか。結構量があると思うけど…ちゃんと食べろよ?ユウ」
「あ、あぁ…分かったよ」
レスカはユウより先にガツガツと食べ始めた
ユウも席に座り、目の前あるシチューをスプーンに掬い上げ、ゆっくりと口に含んだ。
咀嚼する…じっくり煮込まれた大きめの肉がホロっと嚙むごとに崩れていった。ユウは目の閉じて嚙みしめながら味わった。
『ユウ、朝だぞ』
『ご飯できてるわよ、食べましょ?ユウ…。』
再び脳裏に響いた声。だが女性の他に野太い男の声も聞こえてきた。しかしやはり知っている声。何度も聞いた不器用な声。裾を引っ張られて、連れてかれている自分の姿が想像できた
『っ!…ユウっ!!』
『血、血が…、お父さん!早く包帯と薬草を!』
剣の鍛錬をしていた時に、腕を誤って斬ったこともあった。軽く斬っただけだったのに、2人は大げさに騒いでいた…。
『誕生日おめでとう…ユウ、もう20歳だな』
『泣いてた頃のユウはどこに行っちゃったの?…なんてね、元気に育ってくれてありがとう、ユウ』
暖かい手に包まれて、2人に頭を撫でられた誕生日。大人と呼ばれる年齢になっても、まだ撫でてくれたのは正直嬉しかった…。
全て懐かしい思い出…自然と笑みが溢れるような幸せがあった
だが次に脳裏に聞こえたのは優しい声でも心配の声でもなく――【魔物の声】だった
あの日は何の変哲もない日常を過ごしていた。
母親は夜ご飯を作り、父親と僕は一緒にテーブルに座りながら喋っていた。だが次の瞬間――
『グアァァァ!!!』
聞こえるはずもないオークの声が、外から聞こえたと同時に、家の壁が音を立ててぶち壊れた。
ベギッ!!
木片が辺りに飛び散り、突進してきたオークが勢いを落とさず入り込んできた。ユウと父親はあまりの突然の事態に反応できなかった
そして最悪なことに、オークの突進の軌道には母親が立っていた。
料理をしていた母親は、オークが視界に入った時には、もうその巨体が目の前にいた、オークの突進は止まらない
母親がオークに倒れる音、足から順に母親が踏み潰される音、そして最後は頭が潰れる音が…
【ブチッ】
この間たったの数秒。たった数秒のうちに人が1人死んだ。目の前で、あっさりと
『逃げろ…逃げろユウ!!!』
父親はユウの腕を引っ張り、そのままオークが突進して出来た、壁の穴に投げ飛ばした。
ユウは頭は空っぽだった…何も考えられない、ただ逃げろと言われたから足だけは勝手に動き出していた
逃げる最中不意に辺りを見回した。他にもあった家がすでに半壊していた…同じタイミングで襲われていたのだ。あの魔物の叫び声は、この場所を一斉に襲う合図だったのだと、この時は気がつけなかった。
ユウの逃げる最中、一度だけ振り返って両親の家を見た。ユウが最後に見たものは、父親がオークに首を掴まれている場面だった…
『『ユウ』』
2人が自分を呼ぶ優しい声――2度と聞けない大切な声
ユウはようやく肉を飲み込んだ。しばらく黙り込んだのち、ユウは口を開いた
「レスカ…。」
「ん?…どうした、ユウ」
「僕は…どうすればよかったの…かな」
涙は流さなかった、だが声も身体も小刻みに震えていた。
レスカはユウの壊れそうな顔を見て、尻尾も狼耳も動きを止めた。手に持っていた食べ物を全てテーブルの上に置いた。レスカは何も言わずに立ち上がり、ミシっと板が軋む音を立てながらユウの前に――
そのまま抱きしめた。
いつまで経っても…ユウの投げた質問の答えは返ってこなかった。




