第二話 手と拳
「っ!――、どうしてだよ…」
レスカの頭の中は混乱していた。それもそのはず…このパターンで初めて生き残っていた人間と出会えた喜びを感じていたのに、水を差すような『帰ってくれ』という冷たい男の言葉、即座に理解する方が難しかった。
「どうせまた、僕は何も救えない……から」
ポロっとこぼした男の声には先ほどにはなかった弱々しさが含まれていた。レスカの獣耳がその声色の変化をとらえて、ピクっと男の方に向いた。
「救えない?……あんた、何があったんだ、あたしにも言えないことか?」
「何で君に言う必要がある…知り合いでもないのに」
「はっ、違いねぇな…そりゃそうだ」
レスカは一変して、少し嬉しそうにくくっと笑って、尻尾が愉快に揺れた。この魔物の死骸を作り上げたのはこの男であるのは間違いなかったが、この男は会話が出来る、ただの冷たい殺戮人間じゃない。
何より彼の表情を見て、心の内に何かを抱えていることは一目瞭然だった。それだけで、レスカにとっては、【ここから立ち去る】という選択肢を消すに値した。
「なら…名前は?、名前くらいならいいだろ?あたしはレスカだ」
有無を言わさずレスカは彼の隣にドサッと座り込んだ。男の拒む言葉を遮るため、彼女は先手を打った
「………。」
「ユウだ」
【ユウ】は振り向きもせず、今にも消えそうな声量で一言だけ呟いて黙った。レスカは片手で後ろ髪をワサワサしながらユウの姿をチラ見してもう一度確認した。
彼の年齢は20歳前後、レスカと同い年のようにも見えたが、やはりその表情には生きてる人間には程遠い暗さと後|悔が滲み出ていた。
レスカは探るようにユウに顔を近づけて、今度は横からガッツリ顔を見た。
「じゃあ、ユウ。あたしが帰ったらどうする気だ」
「………」
「また魔物を殺すのか、意味もなく永遠と…」
「………………」
先ほどの受け答えが噓のようにユウは黙っていた。レスカは、「はぁ…」、とため息をついてある事を決意した。このままじゃ埒が明かないのは明らかだったことと、この洞窟に長居していては、魔物の死臭で鼻が折れ曲がりそうだったからである。鼻が折れるのだけはレスカは色々と嫌だった。
立ち上がって、ユウの目の前に移動して、片手を差し出したレスカは少し真剣な声色でこう言った
『あんたは私が死なせない』
「…なんだ急に」
ユウは再び口を開いて、顔を上げて差し出された手を見ていた。
「ユウ、あんたは無くしたんだろ…失ったんだろ」
「…っ…。」
ユウの身体が身震いを起こした。
「あんたが何を失ったかまでは詮索しないけどさ――このままこの洞窟で朽ち果てても誰も喜ばない」
「何が言いたい…君は」
ユウは少し歯を食いしばっていた。レスカの言葉を聞いて、怒りと屈辱という感情が初めて人前に表れていた。だがレスカはそのまま言葉を続けた
「失ったまま、ユウは死ぬのが望みか」
「そんなわけっ…そんなわけないだろうが!!!誰が死にたいだなんて言った!」
グジャッ! ユウの拳が地面に振りかざされて、地面の魔物の血が飛び散った。レスカの差し出した手にも飛び散るほどの衝撃だった
「僕がここにいるのは全て失ったからだ。失ったからこそ、こんな場所でくすぶっているんだ!!!あの時何もできなかったことをどれだけ悔やんだと思っている…!両親も故郷も全て失ったのに、ここで最後の生き残りである僕が死んだら――生き様まで弱いことを認めることになる」
レスカはユウの怒りを受けて、満足げに手を引っ込めて、ニヤっと少し口角を上げた。この男は自分の現状を理解している。自暴自棄になっているわけでもない、ただ弱い自分への怒りと屈辱があったのだとレスカは完全に理解した。そして獣人の本能が、次に何が始まるか察して毛を逆立てさせた。
「そうかい…そうだったのか。ならあたしは誘い方を間違えていたみたいだな」
「あぁ、君は間違えている。助けようだなんて思うな…望んでない善意なんて気分が悪くなるだけだ」
ユウは突然立ち上がって右手に剣を握り締めてた。レスカも後方にシュッと飛び引いて、半身だけ見えるような体勢を取り、ガントレットが装着された両手を構えた。ユウの目線と声色が冷たいものに変わり、洞窟内の気温が下がるのを肌身で感じた
ユウの怒りの矛先は――弱い自分ではなく
『帰る気がないなら、僕は君を倒すまでだ…レスカ』
――レスカに向いた
ユウは地面がめり込むほど踏み込んで、飛び出すように駆け出した
速い…レスカは少し驚いていた。装備なしでようやく出るような速度を、ユウは剣も革鎧も付けたまま、それを実現していた。だがレスカは動かない、ユウの実力を至近距離で見定めるために。
ユウはそのまま、一気に距離を詰めて、剣は振り上げられた瞬間からすでに風を纏っていた。
刃が降る。
衝撃波のような風がレスカの頬を打ち、コートの裾を激しく翻らせた。彼女は無意識に目を細め、半歩後ろへ退いた。避けることは容易かった、しかし当たっていればどうなっていたか…転がっていた魔物の残骸を一瞬見て、ユウの方にすぐに向き直った、レスカは逆に興奮していた。
「やるじゃん…ユウ、力と速度はあるみたいだな」
「でもさ――その剣、身の丈に合ってないこと、気が付いてるか?」
ダンッ!
「がっ!?………」
ユウはわけも分からず吹き飛ばされて、地面に数回バウンドしながら地面に転がり伏せた。手に持っていた剣は手に届かない距離に、そしてユウは気が付いた。起き上がれない。ユウの身体はたった一撃で戦闘不能に追い込まれたのだ。
「またか…また何もできずに」
あまりにもあっけない敗北だった。腹部に痛みがあるのを感じたので殴られたのは分かった。
「ユウ。」
うつ伏せのまま顔を上げると、そこにレスカはいた。
「まだやるか、このあたしと」
「やりたい……でも、もう動けない」
「素直だねぇ、あんたは」
レスカは呆れながらも感心した。普通なら暴れるところを、受け入れることは容易ではないはず。あんなに怒号を飛ばしていたはずのユウの今の言葉は、諦めなのかそれとも――、レスカは頭を軽く横に振って、今考えるのはやめた。
「私はあんたを連れていく、暴れられないように気絶もさせる。さっきみたいな攻撃を喰らえば、あたしはかすり傷じゃ済まないから理解してくれよな…それでもいいか?ユウ」
「好きにしてくれ…君が勝ったんだから」
「はぁ…はいはい」
2回目のため息を吐きながら、レスカはユウの首に手を当てた。ユウの意識は虚空の中に消えていった




