第一章 第1話 「チヨ」
The Three Laws of Robotics are:
1. A robot may not injure a human being, or, through inaction,
allow a human being to come to harm.
2. A robot must obey the orders given it by human beings
except where such orders would conflict with the First Law.
3. A robot must protect its own existence as long as such protection
does not conflict with the First or Second Law.
ロボット三原則
第1条:ロボットは、人間に危害を加えず、危害を及ぼさない。
第2条:ロボットは、第1条に反しない限り、人間の命令に従う。
第3条:ロボットは、第1・2条に反しない限り、自己防衛する。
赤ん坊の泣き声は、ショーゴが知るどんな機械音とも似ていなかった。
横浜の病院、分娩室の白さが、やけに眩しかった。汗ばんだルカの顔に、笑みとも苦悶ともつかない表情が浮かんでいる。
看護師から手渡された小さな体を、ショーゴは不器用に抱く。
腕の角度が、何度直しても定まらない。
「下手くそ」
ルカが、小さく笑った。
ショーゴは、エンジニアとして多忙な毎日を送っていた。
納期、不具合報告、深夜の呼び出し。だが、その日だけは仕事を休んだ。
娘の名は、アオイと決まった。
「ヒューマノイド子育て支援法案、可決」。
ニュース映像のアナウンサーが、抑揚のない声で読み上げている。
数日後、役所からの通知が届いた。
「お子様のいるご家庭へヒューマノイドを配布します」
文面は、それだけだった。
「タダで人型ロボットをくれるなんて、虫がよすぎるでしょ」
ルカが、通知書を眺めながら眉をひそめる。
「裏なんてあったとしても」
ショーゴは、技術屋の興味を隠せずにいた。
「今はアオイの手が増える方が大事だろ」
通知書の下部に、小さな文字で
「有事の際は回収対象となる場合があります」と記されている。
二人とも、その一文には深く触れなかった。
無機質な木箱が、自走式コンテナに載せられて運ばれてきた。
箱の表面には、製造番号と「SOLICE-09」という型式名だけが刻印されている。
起動。
関節が駆動する、小さな「キュ」という音。
目に、薄い光が灯る。
「初めまして」
声は、平坦だった。
それから、ぎこちないお辞儀をひとつ。
まだ何のカスタムも入っていない、標準の動作だった。
アオイ(2歳)は、その大きな影に怯えて泣き出した。
ヒューマノイドは膝をつき、アオイと同じ高さまで目線を下げる。
ただ、それだけの動作だった。
アオイの涙が、少しずつ止まった。
「I-FOGセンサーか」
ショーゴは、職業柄、興味を抑えられなかった。
腰をかがめて、ヒューマノイドの首元のパネルを覗き込む。
「オープンループ式か。懐かしい構成だな」
ヒューマノイドは、答えなかった。
ただ、静かに立っていた。
名前は、その夜に決めた。
「チヨ、にしよう」
ショーゴが端末に向かいながら、ぽつりと言った。
「千代?」
ルカが、首をかしげる。
「君が代の、千代に八千代に、だよ」
ショーゴは、画面から目を上げずに続ける。
「大切な人の命が、この平和な時代が、千年、八千年、ずっと長く続くように――って意味だ」
ルカは、しばらく黙っていた。それから、小さく笑った。
「あなたにしては、詩的ね」
チヨは、その会話を、ただ静かに聞いていた。
第2話「Curtsy」
「これは」
「チヨが、この家族の一員だっていう証だ。毎朝やってくれ」




