73.リエルが不幸になりますように
「お兄様、もう大丈夫なのですか?」
「ああ、もうなんの問題もないよ」
ナユタはへヴァン第一皇子の執務室の前で、護衛騎士として側衛している兄キリアンに話しかけた。
「お前、またアポなしでへヴァン殿下に謁見しに来たのか? いくらお前でも許可がおりるかどうか⋯⋯。」
「お礼を申し上げるだけですよ」
すると、執務室の扉が開き、中からへヴァン第一皇子が姿を見せた。
「これはこれはナユタ嬢、体調はいかがですか?」
へヴァンはあまり表情を変えず、ナユタに声をかける。
「へヴァン第一皇子に御挨拶申し上げます。もうすっかり良くなりました。今日からは、剣の鍛練に参加させてもらって、体を動かしています。それより、先日は私の救命にご尽力いただいたと聞いております。改めてお礼申し上げます。」
「⋯⋯。」
へヴァンは何も言葉を発しない。 ナユタも、この間をどう対処して良いかわからず黙っていた。
「ちょっと話をしようか。中へ入って」
「よろしいのですか?」
ナユタとキリアンは、へヴァンの謁見の許可に少し驚いた。へヴァンは、護衛のキリアンに命令する。
「キリアン、メイドにお茶と軽食を頼んでくれ」
※
メイドが、お茶とサンドイッチとスイーツをテーブルに置いて、退出した。
「昼食がまだだったのでね。ナユタ嬢は好きなものを食べて」
「それでは遠慮なくいただきます」
ナユタは好きなクッキーを口に運んだ。そんな彼女をへヴァンは眺める。
「君は、これからもリエルを守れるのか?」
「え⋯⋯?」
クッキーをほおばり、口の端にかけらがついた顔でへヴァンを見た。
「はい、もちろんです!」
「そうだな、君は命をかけてリエルをかばい、毒矢に倒れたのだったな」
「へヴァン殿下?」
彼はうつむいて、自嘲気味に微笑んだ。
「君と僕とでは、決定的な違いがある。それに気づいたんだ」
「違い?」
「リエルに対する思いだよ」
ナユタは、皇子同士疎遠なことは知っていたが、へヴァンは自分と二人で話す時には、いつもリエルの話だけだった。
(へヴァン殿下は、本当はリエル殿下のことを⋯⋯? )
ナユタはそう直感した。
「僕はリエルの不幸を願ってた」
ナユタはへヴァンの告白に絶句した。
ーー彼はリエル殿下を好きなんじゃないの? 憎んでるの?
ますます彼の感情が理解できない。
「リエル殿下を憎んでるのですか?」
「いいや、逆だ。彼は僕の太陽のような存在だ。」
やはり、へヴァン殿下はリエル殿下が好意をもっている。
そう思うと、ナユタは安堵した。
彼を愛してくれる人は、一人でも多い方が嬉しい。
「ならば、何故不幸を願うのですか?」
「君には理解できないだろうが⋯⋯彼が誰かと幸せそうにしている姿を見たくなかった。僕の独占欲だ」
「なんですって?」
ナユタは、愛してる人の幸せを願わないなんて到底理解できなかった。
「でも、君は違う。目の前で、婚約者選定のパーティーが行われてもそれを受け入れていた。彼が誰かと結婚して幸せそうにしていても、耐えれる人間なんだろ?」
「ああ、あの時は⋯⋯。」
まだ本隊がモモイロノトリだったから⋯⋯と言いかけそうになって、慌てて止めた。
「騎士!! 孤児院からの養女で、彼の専属騎士でしたからっっ!!」
しどろもどろしながら、少し大きな声で答える。
「あの時は、君は人間じゃなかったからな」
へヴァンは、ナユタには聞こえないくらいの小声でつぶやいた。
「申し訳ありません。何かおっしゃいましたか? 聞き取れませんでした」
「いや、どちらにしろリエルの幸せを願うかどうかが、君と僕との違いだ。僕は最近それに気づいたんだ。だから、君がこれからもリエルの側にいることは正しい。そう思う」
「そうですか。でも、今からリエル殿下との関係を修復すればよろしいじゃないですか? 今では、皇后陛下もリエル殿下と親密になられましたよ」
へヴァンは、サンドイッチに手をつけ始めた。
「そうだな。彼に出会ったころに戻るのもいいかもしれない。リエルも大人になって、自分の身を多少は守れるようになったしな」
ナユタは、へヴァン皇子の表情が柔らかくなったように感じた。しかし、彼に出会った頃に戻るという意味がわからない。
ーーリエル皇子と初めて会ったのは、へヴァン殿下は1歳じゃないの? リエル皇子が赤ちゃんの時では?
「ありがとう、ナユタ嬢」
「いえ、何もしておりません」
「リエルとの関係を昔のように戻してみるよ」
「それがいいです。東帝国はこれで安泰ですよ」
二人はテーブルの軽食を食べ終わり、簡単なお茶会を終わらせようとしていた。
「君は、リエルになついているモモイロノトリを知っているか? 名はリリィと言うが」
ナユタは、思わず最後に口にした紅茶を吹出しそうになった。
「リ、リエル殿下から聞いたことはありますが! よ、よく知りません!」
「君が一番よく知ってるんじゃないのか? そのピンク色の小鳥について」
へヴァンはなぜかニヤニヤと笑っていた。初めて見る楽しそうな表情だった。
「いえ、見たこともございません!」
「そうか、ならばその小鳥とリエルの夜の密会に変化が起こるかもな」
ナユタは心臓に矢が刺さったような痛みが走る。
ーー あのささやかな日常に変化があるの? 私と皇子様の夜のルーティンなのに!
「へヴァン殿下、それはどういう⋯⋯。」
「いや、なんでもない。全てはリエル次第だ。さあ、もう喋りすぎたな。お開きにしよう。私も仕事に戻る。」
へヴァンはベルを鳴らしてメイドを呼び、食器を片付けさせた。
ナユタはへヴァンに改めて救命の礼を言い、執務室を退出。彼女はキリアンと部屋の外で、少し話をして、お妃教育の時間に間に合うよう急いで自室に戻っていった。
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