66.混乱
「ナユタ嬢⋯⋯? 一体、これは?」
皇医の呟きにキリアンが気付き、目を見開いた。
「ナユタ! どうしたんだ! どういうことだ!」
狂ったように、キリアンは叫ぶ。
ナユタの瞳は、床に口から落ちた赤い血痕を映す。
(これは⋯⋯私の血⋯⋯)
徐々に視界が霞んでいく。
リエルは、力が抜けたナユタを後ろから支えた。
「これは毒!? 毒なのか!?」
「いえ、こんな毒は初めてです! 矢に毒が塗られていたとしても、通常すぐに麻痺や呼吸困難が起こるはず。負傷されてから、15分は経っています! こんな遅延性の毒は我が国にはありません!」
声を震わせながら説明する皇医。
「すると、東帝国には解毒剤も存在しないということになる。なんてこと!!」
クレオは怒りで頭を抱えた。
リエルはキリアンに弱っているナユタを託し、捕縛した刺客に問いただす。
ゆっくり尋問にかけてる時間はない。
「これはどういうことだ! お前らは僕の命を狙ってたんじゃないのか!? 何故ナユタがこんな目に!?」
襟首を捕まれた刺客もとまどっている様子だ。
「ナユタ嬢の命を狙ってなんかない。指令はリエル皇子殺害だった。貴族寄りの皇后陛下の実子へヴァン皇子を皇太子にするため……エストリニア神が認めたナユタ嬢を狙うヤツなんて、この東帝国にいるはずがない!」
「もういい、時間がない! 解毒剤はどこだ! ミスした時のために、解毒剤を持っているヤツがいるだろう?!」
「く、詳しくは知らないが、弓をひいた傭兵とハバイシュ家の騎士団長が持っていると思う」
リエルは、返答を聞くやいなやホールを飛び出した。
「リエル殿下!」
カノ騎士がその後を追った。
キリアンは、横たわり青ざめたナユタを抱きしめる。
ーー僕のせいだ、僕がリエル殿下に剣を向けなければ!!
ナユタは肩で息をしながら、震える手でキリアンの頬に触れる。ナユタの手の冷たさに、キリアンは一瞬怯んだ。
「ち、違い、ます⋯⋯にいさまの、せいでは⋯⋯ありません」
「いいから、もう話すな、頼む⋯⋯」
ナユタの手を握りながら涙を流すキリアン。
レオンにとって、その光景はまさに地獄絵図だった。
(なぜ⋯⋯なぜこんなことに! 今日は子供達にとって、人生で最高の日になるはずじゃなかったのか! )
レオンはナユタに目線をうつす。
彼女は必死に酸素を求めている。生きようともがいている。
(諦めてはいけない! 子供達は、今、苦しんでいるんだ!)
レオンは自らを奮い立たせた。
「とにかく解毒剤を探すことが先決だ! リエル殿下に続け! 弓を放った刺客とハバイシュ家の騎士団長を探せ!」
騎士達は、クレオ大公とレオンの指示を受け、実行者を探し始めた。
※
「あー、少し遅れちゃったわねぇ。リリィの晴れ姿を拝まなくっちゃあね!」
ピィピィと陽気に歌を歌いながら、一羽のモモイロノトリがホールの天窓に降り立つ。
天窓は何故か開いていた。
下を覗くと、親友のナユタが口から血を流して仰向け倒れていた。
それを人間の兄が抱き抱えている。
(え? 何これ? 求愛ダンスを大好きなオウジサマと踊るんじゃなかったの? )
ハンナは、動揺して身震いし出した。
(何⋯⋯? 何があったの? )
ふと、足元の窓枠あたりに、ピンクの羽が何枚か落ちている。
(まさか⋯⋯!! )
ハンナは、慌てて飛び立っていった。
※
ハバイシュ家の騎士団長のロザンは、園庭を死に物狂いで走っていた
(ナユタ嬢に見事に当たった! さすがあの傭兵はすごい、人間離れしたヤツだ! もうこんな国は、伯爵様と一緒におさらばだ! )
ロザンは、前方の道が二手に分かれていて、どっちに走るべきか一瞬迷った。
すると、一方の道から中級騎士ブライヤとその従騎士パーヤルが、会話しながら歩いてきた。
「火災は結局なんだったんだ?」
「しばらく原因解明に時間がかかるでしょう。火元のない場所なので、放火の可能性が高いんじゃないでしょうか? レオン閣下やクレオ閣下は、ホールに戻りました。ホールの護衛が手薄になってはいけないので。」
「ふーん、何もなければいいが⋯⋯ん?」
2人がパトロールしている道に、一人の騎士が立ち止まっている。
「パトシュナ家のブライヤと申します。どうされたのですか?」
自分より身分が高いであろう騎士に声をかける。
彼はハバイシュ家のエンブレムを着けていた。
(ハバイシュ家は東門あたりの担当ではなかったか? )
ブライヤは、西門に向かうこの騎士の行動に疑問をもった。
「ちょうど良い。私はハバイシュ家の騎士団長ロザンだ。西門はどちらの道を進めば良いのか?」
「何故ホールの方向から来られたのですか? ハバイシュ家は、それこそ火災のあった東門の護衛担当では?」
ロザンは、一瞬怯んだが、疑問に答える。
「火災があり、会場に報告に駆けつけたところ、西門から出て避難するよう指示されたのだ」
「誰に? それに騎士は主人を守るのが責務でしょう。皇族、ナユタ嬢を放ってどこに行くのですか?」
ブレイヤは剣を抜き、怪しい騎士ロザンに突きつけた。
ーーくそっ! こんなことをしている場合ではないのに!
思わず、ロザンは声を荒げる。
「貴様! 中流風情が! 後で処分されてもいいのか?」
「もし、あなたが脱出する前に捕まえれば、私は一躍英雄ですが」
ブライヤは怯まず冷静な声で告げる。
「それに⋯⋯私はこの場所で、リエル殿下に直接職務をまっとうするよう命を受けたのです。あなたを通すわけにはいかない」
ブライヤは、淡々とロザンに語りかける。
「しょうがない!」
ロザンも怒りにまかせて剣を抜き、2人は対峙した。
「パーヤル! ここは食い止めるから、援助を呼びに行ってくれ!」
ブライヤは部下のパーヤルに命令した。
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