61.本当の敵
アリシアは体調も良くなり、公務にも復帰。
9年前の優美で穏やかな表情を見せている。
リエルとも仲良く園庭を散策したり、歓談する日常を過ごしていた。
逆に、へヴァンとは疎遠になっている。
「私はへヴァンとも話をしたいのです。」
就寝前。
皇帝テオとの会話の中で、いつもその話題に出した。
「9年間、私は彼に一番迷惑をかけました。本物のへヴァンの影武者の役と、私やリエルの監視、護衛を黙々とこなしたのでしょう。東帝国を黒魔術から救った功労者です」
「しかし、本人がもう自分の役目は終わったとの一点張りで⋯⋯」
「リエルと親交がないのも不思議です。年齢も近いし、仲良くしてくれれば⋯⋯、どうしたのですか?」
テオは、アリシアが話している様子をじっと見つめていた。
彼女は、動揺して会話を止めたのだ。
テオはアリシアをそっと抱き締めた。
「今がどれほど幸せか、君はわかるか? 私は子供のことを、こうして夫婦で話題にして、悩んだり喜んだり⋯⋯そういう日常を取り戻せたのが嬉しい」
テオは切なそうな声で、自分の想いを口にする。
アリシアはテオの背中に手を回し、抱き締め返す。
「私も幸せです。こうして、あなたと会話をして、家族として毎日が過ごせている現実が夢みたいです」
二人はしばらく抱き締めあっていた。
「流されそうになりましたが、へヴァンとの対話の時間を作って下さい」
「わかったよ」
アリシアはテオに釘を刺すのだった。
※ ※ ※
翌日、早速テオとアリシアとへヴァンが、執務室に集まった。
三人以外、使用人も下がらせた。
「リエルは?」
アリシアはリエルもこの場所に加わると思っていた。
「いや、へヴァンがリエルを呼ばないように希望したから」
テオがへヴァンの代わりに答えた。
へヴァンは、その理由をアリシアに述べる。
「彼は黒魔術のことや、僕が護衛していたことを知りません。ましてや、僕を実の兄だと信じているので」
「そう⋯⋯あなたは、何故リエルと親しくしないのですか?」
へヴァンはアリシアの疑問に口をつぐんでから、ゆっくり話す。
「どうせ、私は皇家を離れる身じゃないですか。リエルは感情移入しやすい。別れを辛くしないためです。」
「あなたがリエルをとても大切にしていることは、よくわかりました。なのに、何故『不吉第二皇子』など異名をつけ、流布させたのですか? 陛下からは、リエルが幸せになるのを避けるためだと聞きました。大切な存在なのに、不幸を願うなんて矛盾してませんか?」
へヴァンは表情を変えず、アリシアを悲しそうに黙って見つめるだけだった。
テオは重い空気を変えるため、会話の内容をうつす。
「アリシア、君のこの9年間のことを聞いても大丈夫か?」
「はい。黒魔術にかかっていた9年間のことでしょうか?」
テオとへヴァンは、アリシアから様々な情報を時系列で聞き出した。
9年前、へヴァン失踪事件から黒魔術にかかっていたこと。
深層世界で目覚めたのはその2年後だったこと。
操られた自分の目から外の世界を確認できたこと。
そこで、憑依された自分はリエル暗殺に傭兵を何度も使ったこと。
黒魔術の術者は、自分を操ってへヴァンが皇太子になったら、東帝国を支配を画策。
リエルが皇太子に名乗りを上げた時。
自分が未来に希望を持った時。
術者が自分をコントロールできなくなっていたこと。
そして、アリシアが最後に気になる点を述べた。
「最後に、|もっと役に立つものが現れた《・・・・・・・・・・・・・》と黒魔術の術者は言いました。誰かわかりませんが」
「誰だろう? 視察の時に、リエルを襲った刺客団か? あれは黒魔術だろう」
テオは推測を立てたが、へヴァンが別の角度から意見を述べた。
「黒魔術だと思いますが、全員外国人でしょう。黒魔術にかけた数十人を、遠方から全員操れるか⋯⋯実験台のような。初めてのケースですから。」
「役に立つ者は、東帝国の要人に限定されると思われます。戦争を起こさず、帝国を支配できますからね。」
それを聞いたテオは、術者が次に狙うであろう人物が頭をよぎった。
「ナユタ嬢か?」
※ ※ ※
シュバルツ家では、ナユタが故ナーシャ夫人の肖像画の前で佇んでいた。
ーーお母様、私が夢で見た通りなら、私はあなたの娘で間違いないでしょう。あと少しで成人になります。どうか見守って下さい。
その瞬間。
背後に悪寒が走った。
振り向くと、何も見当たらない。
ーー 今の感覚は何……? 世界の闇みたいな強烈な視線を感じた。気のせいじゃないわ。何かが起こっている。
その時。
キリアンが慌てて、ナユタに近づいて伝言する。
「ナユタ、皇室から急遽迎えが来た。お前は今すぐ登城しなくてはいけない。僕も同行するから、出立準備するように」
「⋯⋯は、はい」
ナユタは、戸惑いながらも自室に向かった。
※ ※ ※
「しかし⋯⋯あの養女が本当にシュバルツ家令嬢になるとは」
闇に覆われた部屋で、玉座に座りながらクロイロノトリを撫でる人物がつぶやく。
「建国以来、初めて他人がシュバルツ家の血族と認められたのです。想定外の珍事ですよ。致し方ありません。」
人間の言葉を話すクロイロノトリ。
闇色の大きな鳥は、主君の人物を慰める。
その人物は、黒い空間に溶け込んでいる。
性別、体格⋯⋯全てが謎だ。
その手は、全身を黒い羽で覆われているクロイロノトリをなで続けた。
「リエルは皇太子になる可能性があったから、消したかったが⋯⋯それよりも、今となっては、あのナユタの方が邪魔になった」
闇色の人間は、ワイングラスを手に取り、少し口に含み喉を潤す。
「ナユタなんて眼中なかった。出自が卑しいからな。しかし、今やシュバルツ家の正式な令嬢だ。そうなると話が変わってくる。その命を奪うしかないな。」
一人の男の声が扉の外から響く。
「陛下、東帝国のハバイシュ家の使いが参りました」
「少し待たせておけ」
「御意」
クロイロノトリは主人に質問する。
「ハバイシュ伯爵家当主は黒魔術で操ってるのですか?」
その人物はすぐには答えず、丸いままのリンゴを一かじりして、シャリっと音を立てる。
「いや、己の欲望で動いてるヤツだ。我ら西帝国のスパイも、あいつの辺境地から送っている。何人も何年も呪術を使うのは、術者⋯⋯私の命を削る作業だ。皇后アリシアは長く操れたが、同時に私も疲弊した。」
しばらく、暗い部屋でワイングラスが傾く影だけが動く。
「ナユタ嬢のデビュタントか⋯⋯」
「上手くいくでしょうか?」
クロイロノトリは黒い影の人間に問いかけた。
「わが西帝国の未来がかかっているからな。計画にぬかりはない」
「おそれいります、ハーツ陛下」
頭を下げるクロイロノトリ。
「お前のためではない。エストリニア神の平定(※1)とやらを、最大限阻止しなくてはな。東帝国に繁栄なぞさせない! 黒魔術で少しだけコントロールできる人物を見つけたんだ。9年かかってた皇后には及ばないが」
黒い影の人間は、おもむろに立ち上がる。
クロイロノトリはその人間の肩に乗った。
部屋の扉を開けた時。
光が射し込んできて、その人物の容姿がはっきりと見てとれた。
西帝国の皇帝ハーツの姿だった。
※ ※ ※
(※1)エストリニア神の平定
騎士系貴族シュバルツ家の令嬢が皇后となれば、平安な時代が訪れるという逸話。「エストリニア神の平定」と呼ばれる。
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