60.それぞれの想い
今日は朝から東帝国内はお祭り騒ぎになった。
「号外! 号外! 次期皇太子妃は、シュバルツ家ナユタ令嬢に決定したよーー! 東帝国に200年ぶりのシュバルツ家の令嬢だとナユタ嬢が認められた! 養女としては建国以来初!」
町では号外がばらまかれ、紙吹雪が舞った。
「東帝国ばんざーいっ」
「これで、帝国は安泰だ!」
「ナユタ嬢おめでとうございます!」
国民がお祝いムードで沸き立っている。
その様子を木枝にとまって見下ろしすリリィとハンナ。
二羽は、人間の歓喜の様子をお喋りする。
『なんか、すごい。皆、あんたが人間になったの喜んでるんでしょう? 』
『いや、分かりやすく言えば、私が東帝国で偉い人になって平和な世界になるって喜んでるんだよ』
『あんた、こんな所にいていいの? 』
『今日は逆に部屋から出れない。すごい騒ぎになるから。監視が戻る時間までには帰る』
『ふーーん、自由がなくなったみたいで、私なら耐えられないわ』
『だから、こうしてたまに遊びに来るんだよー ー、もう帰らなきゃ。またねハンナ』
リリィはシュバルツ家に向かって飛び立った。
※ ※ ※
当日の夜、シュバルツ家では、傍家含めた簡単な食事会が開かれた。
食事会の前に、代わる代わる挨拶するため、親戚の貴族に父レオンとナユタは囲まれる。
「ナユタ嬢、おめでとうございます。」
「これで東帝国は安泰です」
「シュバルツ家も良い令嬢に恵まれました」
ナユタは挨拶を交わしていくが、さすがに疲れてきて席を離れる。
その後ろ姿を、非番をもらった兄キリアンが追いかけた。
「大丈夫か。あの場は父上にまかせて、僕たちは休憩をしばらく取ろう」
「ありがとう、お兄様」
パーティー会場から、少し離れた部屋に2人は逃れた。
「はあーー、疲れましたぁ」
ナユタはドレスの裾を少しだけ上げて、楽な体勢でソファに腰かけた。
「お疲れ様。予想はしていたが、帝国中で大騒ぎだぞ。200年ぶりの明るいニュースだからな。他国からも謁見の打診もあると思う」
「そんな大袈裟な。そもそも何故シュバルツ家に娘ができるだけで、平和になるのですか?」
「うーーん、考えたこともない。言い伝えだから。エストリニア神の御加護かなぁ」
ナユタは心底疲れているようで、瞼を閉じながら、キリアンの話を聞いている。
「ちょっと待ってて」
キリアンがナユタを部屋に残して退出した。
数分後、アップルパイと紅茶をワゴンにのせて、再びキリアンが部屋に入ってきた。
すると、ソファの肘おきに頭を預けて眠るナユタが視界に入る。
(かわいそうに⋯⋯疲れただろう)
キリアンは、ナユタの顔にかかった髪を手でよける。
(僕が守れるのなら。でも、お前はもう手の届かない場所に行ってしまった)
美しい妹の寝顔をしばらく眺めていた。
(それでも僕はお前に出会えて幸せだよ。一生妹であることに変わらない)
キリアンはお茶の用意をし始めた。
すると、食器の重なる音でナユタは目が覚める。
「ごめんなさい、眠ってたのね」
「まだ寝ててもいいよ」
ナユタはテーブルに置かれたスイーツを見てはしゃいだ声を上げた
「アップルパイじゃない ! このテーブルを見ちゃったら、目が冴えてしまう!」
「お兄様は偉大だろ?」
「そうね、リエル殿下がいなかったら、好きになってたかもね」
さらっと妹が口にした言葉。
彼の心は、音を立てて引き裂かれる。
思わず手を握り、心臓から血が吹き出るような痛みに耐えた。
(リエル殿下がいなかったなら⋯⋯!)
キリアンの頭の中は、その言葉が何度もこだまする。
(何をバカなことをっ! )
かぶりをふってから、キリアンは話題を変えた。
「ところで、リエル殿下だが昨日皇居に戻られたよ」
ナユタは、昨夜リリィとしてリエル皇子と再会を果たしているので、その情報は知っているが、相づちをうつ。
「予定どおりですね。一昨日には、この邸宅に立ち寄られたんですよ」
「話は聞いている。昨日、リエル殿下は久しぶりに、皇后陛下とも仲良く歓談されたと聞いた。エストリニア神の平定は真実かもしれないね。反対にへヴァン殿下が口数が減ったかな」
「へヴァン殿下が?」
キリアンと話ながら、昨日のことをナユタは思い出していた。昨日はリリィとしてリエルにすでに会っていたのだった。
※ ※ ※
昨日の夜。
リリィはリエルの部屋の窓辺にたたずんでいた。
侍女がリリィに気付き、窓を開け話しかける。
「中で待ってる? 殿下は今日は少し両陛下と歓談されてるから」
リリィは窓辺から飛ばずに、トントントンと両足ではねながら入室。
侍女にくるみをもらって、テーブルで静かに待っていた。
すると、廊下をバタバタと早足で近づく靴音がする。
「リリィ、久しぶり!」
バタンと扉が開くと同時に、リエルが部屋に飛び込んできた。
『皇子様! 皇子様!』
羽をバタバタさせて、リリィは喜びを表現する。
侍女は一人と一羽の微笑ましい光景に微笑んだ。
「リリィ元気だった? 外は外敵も多いだろう。気をつけてね」
気のせいか、リエルの声がはしゃいでいるように聞こえた。
(何か良いことがあったのかな? )
すると、リエル自ら嬉しそうに語ってくれた。
「今日、南部から帰ってきて、皇帝陛下と皇后陛下に報告したんだ。すると、皇后陛下が僕にとても優しく接してくれたんだよ! 僕も以前のアリシア陛下が戻ってきてくれたようで⋯⋯とても幸せな気分だ!」
(アリシア皇后陛下、少し黒い影が見えたりしたっけ。今度、様子を覗いてみよう)
リエルはお茶を飲みながら、リリィを手の上に乗せた。
「僕はこの9年、ナーシャ夫人が逝去された後、リリィとこうして過ごす時間が一番好きなんだよ。小さな幸せって言うのかな」
リリィは感極まりながらも、優しいリエルを見つめる。
「あれ? 鳥も涙が出るの? 涙を流してるように見える」
ーー頑張らなきゃ。デビュタントまで!
リリィはリエルがベッドで寝息を立てたのを見届けた後、侍女に鍵を開けてもらい、窓から元気よく飛び出した。
(あと10分くらいで監視が部屋の中に入ってくる! 急がなきゃっ! )
リリィは皇居の木々の間を、慌ててすり抜けていった。
その様子を、リエルの部屋すぐ下の園庭から、へヴァンが眺めていた。
へヴァンは、この9年昼夜を問わず、こうして一人でリエルを見守ってきたのだった。
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