56.愛されるなんて許さない
翌日。
皇居の園庭に見知らぬ男の死体が横たわっていた。
庭師が見つけたようだ。
皇帝騎士団長のレオン他が調査に入った。
テオはその報告を淡々と聞いていた。
※
そのあと、皇帝の執務室でテオとへヴァンが、今回の事件について話し合う。
「⋯⋯本当に君が、あの男を始末したのか?」
「はい。他国の傭兵ですね。お母様が依頼したのでしょう。昨日、殺気だっていた騎士は、案内役をしただけです。彼をどう処理しましたか?」
「とりあえず、実家に返した。皇帝騎士団をつけて安全に。実家近くで再就職できるよう手はずも整えたよ」
「それでいいでしょう。調査も早々に打ち切るよう命令して下さい。お母様がリエル殺害を企てたことがバレてはいけないので。 」
皇帝テオは、9歳の少年が成人男性⋯⋯しかも傭兵を簡単に始末したことを疑う。
「君は⋯⋯一体?」
「⋯⋯お母様が元にもどったら、僕は帰っていいですか?」
「い、いや! ダメだ! せめて、リエルが成人するまでは待ってくれ! 報酬ははずむ!」
テオはとたんに焦りだす。
アリシアがいつ元に戻るかわからないが、本物のへヴァンが生きている可能性は低い。
そして、へヴァンの存在自体が彼女の支えになっている。
今は、この不思議な少年には、ここにいてもらわなくてはならない。
「成人⋯⋯あと何年ですか?」
「あ、あと8年はいてほしい」
「長いな⋯⋯じゃあ、早くお母様が黒魔術が解けるように願うしかないですね」
へヴァンはため息をついた。
「身代わりの依頼受けるかわりに、もう一度だけリエルに会わせて下さい。次はお母様にばれないように。それを最後に僕もお父様も、しばらくリエルとの接触を避けましょう。」
※ ※ ※
一週間後。
皇后アリシアが外出時に、皇帝テオの部屋にて三人で合流する予定を立てた。
その部屋でリエルを待つテオとへヴァン。
「⋯⋯またお父様がいるんですか?」
「私もこれを最後にリエルと距離を取るのだろう? 私だってリエルが愛しい。ちゃんとそれを伝えなくては。」
そんな会話の中、リエルがメイドのアリサと一緒に、おずおずと部屋に入ってきた。
へヴァンはそんなリエルに嬉しそうに駆け寄る。
「リエル! この前はごめんね!」
「⋯⋯お父様、お兄様、僕は大丈夫です。お母様はどうされたんですか? 僕、何かしたのなら謝りたいです。」
リエルは、8歳の子供らしく自分が悪いことをしたのだと疑わない。
親は絶対的存在なのだ。その姿にテオは胸が痛む。
彼は、リエルの目線に合わせるためにしゃがみ、小さな肩に手を置いた。
「いいかい、リエル。お母様は少し心の病気になられたのだ。だから、治療のため、お父様もお兄様も君に冷たくすることもあるだろう。しかし、いつでも私たちは心から君を愛しているよ」
「ああ!! 僕が愛してるって言いたかったのに!!」
へヴァンは父のテオに声を荒げた。
そして、二人の間に割って入る。
「いい? リエル! 僕が! 僕が一番リエルを愛してる! わかった? 僕は君の家族⋯⋯お兄様だからね!」
それだけ言うと、へヴァンはリエルをきつく抱きしめた。
リエルはきょとんとした表情をしていたが、照れたように言葉を返す。
「ぼ、僕もお兄様を愛してますよ!」
「⋯⋯本当に?」
「もちろんです! 僕の大事なお兄様ですから」
「しばらく、僕はリエルのことを嫌いな態度を取らなくちゃならない。わかってくれる? 心の中では、どんな時もリエルが大好きなんだよ!」
「わかりました、お兄様」
そこで、へヴァンはやっとリエルを解放する。
そして、肩をつかんで目線を会わせた。
「もう一度言って。お兄様って。」
「お兄様」
「もう一回」
「お兄様」
「も、もう一回だけ⋯⋯」
「お兄様⋯⋯?」
へヴァンは頬を涙で濡らしていた。
リエルは思わず小さな指で、彼の目尻の涙を拭う。
そして、へヴァンにとって永遠の言葉を、無邪気に告げる。
「愛してます、お兄様」
※ ※ ※
それから、また一週間。
皇后アリシア同様に、二人はリエルを避けるようになった。
リエルは、テオとへヴァンにいくら冷たい態度を取ると予告されていたとはいえ、戸惑っているようだ。
しかし、純粋でどこまでも愛らしいリエル。
皇家三人に無視をされようが、使用人達にかわいがれ、貴族達にも人気があった。
彼の周りは愛情であふれている。
それを目にした時。
へヴァンは、自身に黒い醜い感情が生まれるのだった。
※
「リエルに何かしら理由をつけて、彼の評判を落として下さい」
「⋯⋯なんだと?」
「そうですね、不吉第ニ皇子なんてどうです? 実母マリアン側妃が亡くなり、僕のケガも彼の責任にして⋯⋯刺客の傭兵も園庭で死んだ。護衛騎士も実家に帰った⋯⋯この全てを彼におしつけて下さい」
「何故? 君はリエルのことを大切に思ってたんじゃ⋯⋯」
「もう見てられない!!」
へヴァンは、いきなりテオに激昂した。
「僕はリエルのために、彼を遠くから見てるだけなのに。嫌われるしかないのに! リエルだけが、幸せそうに誰かに笑いかけるなんて耐えられない! 彼から皆を排除してやる!」
「な、なんてことを! リエルが何をしたって言うんだ!」
「じゃあ、僕は帰る! こんな辛い役目やってられない! 国のことなんて僕には関係ないんだ!」
へヴァンは肩で息をしながら、思いの丈をテオにぶつけた。
しばらく、二人は黙り込む。
興奮して叫んだ分、呼吸が乱れていた。
そして、テオは考える。
ーーこの子は、リエルをどうしたいんだ? アリシアさえ早く元に戻ってくれれば⋯⋯それまではなんとか⋯⋯。
「わかった。好きにすればいい。」
「では、お母様をつかって不吉第ニ皇子というリエルの異名を広めてもらいます。」
その後、「不吉第ニ皇子」は、またたく間に貴族の間に広まり、リエルから少しずつ貴族や使用人が離れていった。
※ ※ ※
それ以来ずっと。
テオは、アリシアとなるべく同じ時間を過ごすように努めた。
黒魔術にかかっている彼女は表情に乏しい。
夜は彼女が眠りにつくまで、手を握った。
「愛してる」と何度も伝える。
その間、彼女は表情も崩さず、形式的に「私も」と答えるだけだった。
目を閉じながらも、よく彼女は呼吸を乱し、うめき声を上げ、やがて深い眠りにつく。
一体、何年かかれば、皇后アリシアが元に戻るのかわからなかった。
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