55.鳥さんが大好き!
「好きな食べ物⋯⋯マドレーヌ!」
「じゃあ、好きな遊びは?」
「追いかけっこ!」
「リエルは将来何になりたいの?」
「騎士がかっこいいから、騎士! クレオ閣下みたいになりたい!」
テオは紅茶を飲みながら、9歳へヴァンと8歳リエルの可愛い会話を楽しんでいた。
ーーしかし、何だ? へヴァンのリエルへの質問攻めは? 彼にとっては、初対面だから相手のこと知りたいのか?
二人を眺めていると、へヴァンがリエルのことを知りたがっているのが一目瞭然だった。テオは微笑ましく見つめている。
質問攻めも一段落した頃。
へヴァンは少し戸惑いながらたずねた。
「じ、じゃあ⋯⋯好きな動物は?」
質問した後、何故か顔を赤くしてうつむくへヴァン。
リエルはマフィンを頬張りながら答える。
「鳥さん! 鳥さんが大好き」
その瞬間、へヴァンはリエルを勢いよく抱きしめた。
テオもリエルも急な抱擁に驚き、言葉も出ない。
「本当に鳥がいいの?」
へヴァンはリエルから体を離して、彼の肩を掴み、目を合わせてたずねる。
「はい。だって、僕は去年⋯⋯」
その時。
「何をしているの? へヴァン! その子から離れなさい!」
皇后アリシアの怒りの声。
子どもたち二人はあぜんとして動かない。
「アリシア? 何故ここに?」
皇帝テオは、アリシアには内緒で子供たちを会わせていたが、誰かが彼女に密告したかもしれない。
とにかく、アリシアが仲の良さそうな二人を見てしまった。
「お母様、何故僕がリエルと会ってはいけないのですか?」
へヴァンはアリシアを睨みながら、問いただす。
「この子は側妃マリアンそっくりじゃない! あの女は死んでからも、リエルをつかって私を苦しめてるのよ! 私のへヴァンが、そんな子と一緒に遊んではいけません!」
「ア⋯⋯アリシア⋯⋯なんてことを」
テオは動揺する。
アリシアの本音を初めて耳にしたからだ。
「お、お母様⋯⋯?」
リエルが震えながら、うっすら目に涙を浮かべている。
へヴァンはリエルをまた抱きしめて、アリシアを非難。
「リエルは僕の大切な弟です! いくらお母様でも⋯⋯」
へヴァンはそこで口をつぐんだ。
とたんに彼はリエルから手を離す。
しばらく、呆然としていたが意を決して言葉を続けた。
「⋯⋯わかりました。とりあえず、今は部屋に戻ります。お父様も行きましょう」
「し、しかし⋯⋯リエルが⋯⋯」
切なく細めた瞳で、まだ震えているリエルを見つめるへヴァン。
小さな彼の肩に手を添えて、へヴァンはメイドのアリサに命令した。
「リエルを頼む。お願いだ。」
「は、はい⋯⋯へヴァン殿下。」
へヴァンはテオと一緒にアリシアに近づき、三人で皇居に戻る。
園庭には、子供が好きなお菓子と紅茶がそのまま放置されたテーブル。
家族に残されたリエルはアリサにしがみつきながら、その三人の後ろ姿を見守っていた。
※
その夜。
テオとへヴァンは、皇帝の部屋でソファに座り密談する。
「今日のアリシアはどうしたんだ? 君なら何か見えたのか? また黒い煙とか⋯⋯」
あれから、母アリシアの部屋で彼女の側にいたへヴァン。
彼女と会話をして、忠実な息子を演じたらしい。
テオは予定通り公務をこなすため、その場には同席しなかったのだ。
「憶測ですが⋯⋯お母様は側妃マリアン様を妬んでいたのでしょう。心当たりはありますか?」
「マリアンは⋯⋯私が幼い頃から想いを寄せていた令嬢だ。アリシアとは政略結婚で、どうしても正皇后として迎えねばならなかった。」
「じゃあ、その負の感情が、長年お母様にくすぶっていたのでしょう。黒魔術の使い手にその嫉妬心を利用された。そして、へヴァンが池に落ちた悲しみで、術者に完全に体を囚われたのです」
「本物のへヴァンはどうなったのだろうか? 遺体さえ見つからないとは⋯⋯」
「そこまではわかりません。護衛騎士に突き落とされたとは思いますが。」
「その騎士が服毒自殺したのは?」
「わかりませんね。自分の意志か操られたかまでは」
二人は、自らの推測と疑問を一通り口にした。
しばらく、へヴァンは目をつむり天井をあおぐ。
「僕はリエルとは距離をおきます。」
「⋯⋯何?」
「お父様もそうして下さい。お母様の言う通り、リエルを孤立させます。」
「君までおかしくなったのか? なんてことを言うんだ!」
「僕は! リエルに生きて笑っててほしいんです!」
幼い9歳の偽物のへヴァンの迫力に、テオはたじろぐ。
彼は泣いていた。流れる涙も拭かない。
「あなたには見えないでしょう。今日、お母様の体から邪気が放出され、一面闇に覆われました。リエルの幸せは、彼女の悲しみなんです。これ以上、負の感情に支配されると、術者にリエルが殺されるかもしれない。」
「⋯⋯私には煙なんて見えない、今日はずっと青空だったじゃないか。」
「どこで術者が操っているかわかりませんが、いずれその力だけでリエルを攻撃できるかもしれない。今のところ、まだお母様を使って、人間にリエルの殺害命令を出す程度でしょうね。黒魔術はかなり術者も疲弊するはず。」
淡々とへヴァンは今の現状を話す。
その内容は幼い子供の会話からかけ離れていた。
「どうしたらいいんだ⋯⋯」
「お父様は、アリシア皇后にできるだけ寄り添って、愛情をわかりますく伝えて下さい。僕もリエルを避け、お母様と一緒の時間を取り監視します。」
「リエルが一人ではあぶないな。護衛を増やさないと」
「⋯⋯護衛は今まで通りの人数で。なぜなら、お母様が護衛を使って、リエルを殺すチャンスが増えます。」
テオは頭を抱えてうなだれた。
(リエルを守る方法がわからない。)
「僕がリエルを守ります。」
「君が? どうやって?」
「僕はお母様にべったりくっついて監視します。他の時間は部屋に引きこもっているように見せかけます。常にリエルを陰ながら見守るために」
「9歳の君に何ができるんだ?」
へヴァンは、ニッコリとテオに笑いかける。
「もうリエルを狙おうとしている騎士がいます。気づかれましたか?」
「何? だ、誰だ!」
「殺気が見えなかったですか? 人間はしょうがないですね⋯⋯」
「⋯⋯? 人間?」
「あ、ああ、いえ。僕が現場をおさえて始末します。お父様は後処理をお願いしますね。」
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