54.一生一緒
翌日。
早速、テオはへヴァンの病室に訪れていた。
「おじさん、僕、いつリエルに会えるの?」
彼はすねながらも無邪気にたずねる。
「皇族らしくなったらな。君ならすぐ身につくだろう。もう文字も理解していると言うじゃないか」
「まあ、僕は天才だからね!」
「⋯⋯昨日、アリシアに話してた煙ってなんだ?」
「ああ、あのおばさん黒魔術にかかってるよ。体乗っ取られてる。」
へヴァンはあっけらかんと話す。
「黒魔術⋯⋯アリシアが? 何故わかる?」
「体から邪気がたくさん出てた。 見えないの? 」
「見えないな⋯⋯誰も見えてないと思うぞ」
「あ、ああ⋯⋯えーと、ぼ、僕の勘違いかなぁ⋯⋯」
慌ててへヴァンは言い直すが、テオは引き下がらない。
「アリシアもおかしいが、君も妙だな。本当にへヴァンなのか?」
目の前の9歳の少年は、悪びれず素直に答える。
「あーー、やっぱり分かった? まあいいや。腕も直ったし、めんどくさいから、もう一度、リエルに会ったら帰るよ」
「き、君は誰なんだ! 本物のへヴァンはどこに行ったんだ!」
「知らない。僕はリエルに会いに来ただけだよ。また会ったら帰る」
「⋯⋯い、いやそれは困る! 第一皇子が行方不明となれば、国中混乱する! 本物が見つかるまで、そのままでいてくれ! 報酬ははずむ!」
テオはへヴァンの言動にうろたえる。
へヴァンは少し口をつぐんで考え始めた。
「リエルの兄⋯⋯へヴァンってリエルの家族なのか?」
「あ、ああ、そうだ。大切な家族だな」
「ふーーん⋯⋯一生一緒にいられる?」
「兄弟は何があっても、一生兄弟だ」
その言葉を聞いたとたん、へヴァンの表情はぱあっと明るくなった。
「じゃあ、いいよ。へヴァンでいてやる!」
テオはこのへヴァンはリエルという単語を出せば、思い通りに動いてくれるかもしれない、と勘づいた。
「ところで、黒魔術とはなんだ? 耳にしたことはあるが、本当にアリシアがかかっているのか?」
「うーーん、黒魔術については、僕も噂で聞いただけだから。ただ、心の中では抵抗はしてるかも。だから、すぐ体壊すんだよ!」
「どうやったら、元に戻るんだ?」
「⋯⋯それはわからない。解き方は聞いたことない。」
「聞く? 誰に?」
「僕はいろんな国に行ったことあるから。噂で聞いただけだよ。黒魔術のことは。」
ーー 確かにアリシアはへヴァンの失踪事件から様子がおかしい。 黒魔術⋯⋯調べてみるか。
テオは皇居に保管されている書庫の文献で、黒魔術を極秘に調べることを決める。
「ねえ、それよりリエルに会いたい!」
偽物へヴァンは、テオにしつこく要求する。テオはニヤリと笑って少年に答えた。
「君がリエルの兄にふさわしくなったらな」
※ ※ ※
一ヶ月後。
偽物へヴァンは驚くべき成長を遂げていた。
皇族としての気品と行動。言葉遣い。表情。
本物のへヴァンとは性格は異なるが、皇族らしい落ち着きを身に着けた。
「記憶は戻っていませんが、地頭が良いのでしょう。敬語、所作等申し分ありません。本格的な勉学を始めてもかなり期待できるでしょう」
皇帝テオは、そのように家庭教師から報告を受けていた。
そして、彼は黒魔術について、臣下数名と会議を重ねる。有識者からも意見を聞く。
もちろん、皇后が黒魔術にかかっている疑いがあることは内密だ。
それを相談できるのは、9歳の偽物へヴァンのみ。
テオは何度も正体がわからない少年と議論を重ねる。
「黒魔術というのは、人間の負の感情をエネルギーとしているようだ。それを解くには、逆の正の感情。これを与えつづけることによって、被術者⋯⋯つまり、アリシアは救われる」
テオはこの一カ月の見聞をまとめ、へヴァンに報告する。
「そうですか。では、お母様は負の感情⋯⋯つまり、彼女の嫉妬や悲哀が大きくて、術にかけられてしまった。正の感情とは⋯⋯希望、愛情といったものを彼女に与え続ければ、術が解けて、本来のお母様に戻るという仮説ですね。」
「そうだ。しかし、どのくらいの年月がかかるかはわからない」
テオは、この少年の成長速度に感心しながら話す。
大人のような口ぶりと態度。品格と才能。
皇帝皇后のことを、お父様お母様と自然に呼ぶようになった。敬語も習得している。
それもこれもリエルに会うための努力。
そう思うと、テオは身震いする。リエルに対して、どういう感情をもっているのだろうか。
「お父様、僕はもうリエルにつり合う兄になれたでしょうか?」
「そうだな、リエルも会いたがっている。病院で見舞ってからと考えれば、2ヶ月以上会ってないだろう。明日にでも、園庭で一緒にお茶でもするようリエルに伝えるよ。」
※ ※ ※
「お兄様! もうケガは良くなりましたか?」
園庭で先に紅茶を飲んでいるへヴァンに、リエルは駆け寄った。
「リエル! 久しぶり!」
へヴァンはリエルをきつく抱きしめた。急なことで、リエルは驚いたが、嬉しそうに抱きしめ返す。
「お兄様! 今日はお招きありがとうございます!」
無邪気に二人は子供らしくはしゃいでいた。
へヴァンは、そこに他の人間がいることに気づく。
皇帝である二人の父親テオが側にいる。
テオも、へヴァンのリエルへの態度を見極めようと一緒についてきたのだ。
そして、あからさまにテオはへヴァンに嫌な顔をされる。
「⋯⋯お父様もご一緒ですか?」
「心配するな。私は公務があるから、途中で退席する。」
へヴァンがあまりにも不服そうに睨むので、テオはたじろいだ。
「まあ、いいでしょう⋯⋯。リエル、僕の近くに座って。」
そして、リエルにだけ彼はとびきりの笑顔を向けるのだ。
「リエルは好きな食べ物は何?」
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