51.兄上には負けない!
ナユタがリエル皇子と自室で過ごしている間。
レオンはクレオと応接室で歓談。
「往路で10人の刺客の襲撃に遭ったと聞きました。怪我人もなく何よりです」
「リエル殿下のお手柄だよ。他に20人ほど、誰かが私たちを襲う前に始末してくれた」
「他に20人も?」
「たぶん、たった一人で音も立てず、短時間で刺客達を一網打尽にしたと思う」
「そんな剣豪が東帝国にいますか?」
「⋯⋯捕まえた刺客も誰の命令で動いたのかわからず仕舞いだ。尋問する前に全員自決したらしい」
「なんですって?」
レオンは、あまりに奇妙な襲撃事件に耳を疑った。
「つまり、30名に襲われそうになったが、20人は誰かが裏で始末して、リエル殿下が捕縛した10人は口を割る前に自決したと?!」
「自決と言うか⋯⋯聞いた話だと、尋問すると口から吐血して息絶えたらしい」
「黒幕を問いただすような質問をされると、息絶えるのか⋯⋯呪いか魔法か知らないが」
「恐ろしい力ですね」
レオンとクレオはあまりの不可解な現象に言葉をなくす。
「ところで、ナユタ嬢は息災だったか? 状況が複雑になって、とまどっているのではないか?」
重い空気に耐えきれず、話題を変えるクレオ。
「そうですね。リエル殿下はとてもタイミングが良い。ナユタは少し憂鬱そうでしたから」
「何かあったのか?」
「南部のハースト家姉妹とリエル殿下が何かあったのではないかと、やきもきしてました」
その話を聞いて、クレオは表情をくずした。
「かわいらしいなぁ、本当に良い娘をもったな」
「エストリニア神が認めた娘ですからね」
レオンは誇らしげに笑った。
※ ※ ※
「ナユタ⋯⋯背中は大丈夫?」
「はい、もうなんともありません。エストリニア神もあんなに痛くする必要ないのに!」
リエルはそこで言葉をつまらす。
「あの時、僕が言ったこと覚えてる?」
「あの時?」
「⋯⋯やっぱり聞こえてなかったのか」
リエルはため息をつきながら、顔を赤くしていた。
「なんですか? ハッキリおっしゃって下さい」
「ぼ、ぼく⋯⋯プロポーズしたんだけど⋯⋯」
「はあ?」
「ナユタが倒れる前に⋯⋯婚約しようかって」
時間が止まる。
開けられた窓から風が入り、揺れるカーテン。
木々の葉擦れの音だけが耳に響く。
「私と⋯⋯番?」
「でも、もうシュバルツ家の正統な令嬢になったから、ナユタは次期皇太子妃に決定したじゃないか。次は、僕が頑張って皇太子にならないとね」
わかってはいた。ナユタは自分がシュバルツ家の正式な令嬢になったことも。そうなると、次期皇太子妃になることも。
しかし、リエルは背中に紋章が現れる前に、自分を番に選んだのだ。
すると、彼女の瞳はとたんに潤みだした。
「ど、どうした?」
リエルはナユタの隣に席を移し、ハンカチを手渡した。
ナユタは涙をふきながら、たどたどしく話す。
「ご、ごめんなさい! わ、わたしは、不安になって⋯⋯殿下を信じてなくって」
「どういうこと?」
ナユタは、リエルがハースト家の令嬢達との関係を疑ったことを泣きながら告白した。
「私はなんて心が狭いのか⋯⋯っ!」
すると、急にリエルに抱き締められ、言葉が続けられなかった。
「嬉しい! こんな嬉しいことはないよ、ナユタ!」
リエルは子供のようにはしゃいだ。
「え……? でも……めんどくさくないですか? こんなことでヤキモチとか」
「かわいい!」
ナユタもリエルの背中に手を回す。
「ナユタ、このまま聞いて」
「はい」
「ハースト家の令嬢達は一人一人確かに夜に僕の部屋に来たよ」
ナユタは一瞬息が止まった。
心臓がとたんにつぶれるかと思うぐらい痛み出す。
ーードクン、ドクン、ドクン
すると、リエルがナユタの背中をとんとんと叩いた。
「でも、僕は部屋に入れる前に、短剣を足に忍ばせたよ。刺客かもしれないから。実際に一人には短剣で脅したし」
「えぇっっ! そこまでしたのですか?」
「彼女らは僕の信頼に値しないよ」
リエルは体を離して、ナユタの顔を覗き込む。
「安心した?」
「はい」
「ただ、彼女達も悪くない。彼女達は僕の『第二皇子』という地位に惹かれているだけだ。もっと突きつめれば、僕と結婚できれば、父親のハースト伯爵に褒められるからだよ。僕に好意があるわけじゃない。誰もが誰かに自分を認められたいんだよ」
「父親に褒められたい?」
「そう。僕だって、ナユタやリリィのために皇太子になりたいんだ 。 特にリリィは東帝国でしか生きられない鳥だからね。地位とか名誉とかの欲望は、単純な理由が大きいと思うよ」
ナユタは少し考え込んでから、リエルに質問した。
「今も短剣持ってますか?」
「いや、ナユタなら殺されてもいい」
リエルはまたナユタをきつく抱擁する。
「皇太子になるよ、絶対に。兄上には渡さないから」
※ ※ ※
その後。
レオンとナユタは、邸宅前までリエルとクレオを見送った。ナユタは馬車が遠くなると、とたんにニヤニヤし始める。
それを見て、レオンは思わず吹き出した。
ナユタは気にせず、これからの予定に胸が躍る。
ーーこんなに幸せでいいのだろうか。
リエルと次に会うのは、デビュタント会場となる。
その前に、|正式なシュバルツ家の令嬢と内外に大々的に公表される。同時に次期皇太子妃と発表。
その公示が明後日に迫っている。
レオンとナユタは、邸宅内に引き上げていく。
すると、ふいに後ろを振り向くナユタ。
「どうした?」
「いえ⋯⋯」
(人間ではない何かに見られていたような⋯⋯猛禽類のような敵ではないけど)
敵でなければ関係ないと、ナユタはレオンと一緒に邸宅内に姿を消した。
その時。
ナユタの後ろ姿を見つめていた一羽のモモイロノトリが、木陰から飛び立った。
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