50.人間の嫉妬
一方、首都のシュバルツ家低宅。
ナユタは、お妃教育で慌ただしい毎日を過ごしていた。
(もうすぐリエル殿下が南部から帰ってくる! 夜だけでもリリィとして会えるわ! )
ナユタは、久々に訓練場で剣術の鍛練をしていた。
見学している新人騎士達が、感嘆の声をあげる。
「ナユタ様は、稽古は久しぶりだろう? しかし、どの騎士よりお強いのではないか?」
「最近、お妃教育を受けておられる。ついに皇太子妃候補に上がられたのかな」
「女騎士が去年より10倍増えたらしいな。⋯⋯ナユタ嬢の影響で」
ナユタの話題に花を咲かせる新人騎士たち。
「何話してるの?」
突然、ナユタが新人騎士達の輪の中に入ってきた。
「ナ、ナユタ様!! 御挨拶申し上げます!」
「いいよーー、かしこまらなくても⋯⋯と言っても無理だよね。」
「皆、ナユタ様に憧れてるんです。目の前で剣術を見学できて、私たちは幸運です」
「ありがとう。私は騎士の方が性に合ってるんだけどね。他のことを学ばなくてはいけなくなったの」
まだ、ナユタが次期皇太子妃になることは非公表だ。
そのため、彼女は騎士解任の理由を発言することは避けた。
すると、新人騎士の一人が、南部視察団の話題を出す。
「今、クレオ閣下がリエル殿下と南部ノヴァコーストアを視察をされてますよね。 ノヴァコーストアと言えば、ハースト伯爵家に美しい令嬢姉妹がいると評判です。」
ナユタがリエルに淡い恋心を抱いていることは、皇居の騎士達なら有名な話。
しかし、シュバルツ家の新人騎士達は、ナユタがリエルを想っていることを知らない。
入門したばかりの見習い騎士達は情報に疎かった。
そのため、ナユタの前で、次々とデリカシーのない話題を口にしだす。
「へぇ⋯⋯これから、その姉妹も大きな舞踏会とか参加されるかな? 」
「きっと、ハースト伯爵家も皇室とのつながりを画策してるだろう。姉妹をつかって、現地でパーティでも開いてるよ。」
その時、号令がかかる。
「休憩終了! 整列!」
「はい! 副団長!」
「それではナユタ様、失礼いたします!」
ナユタはひきつった笑顔で、初々しい騎士達に手を振って送り出した。
ーードクン、ドクン、ドクンーー
心臓が乱れ始める。
突然、頭の中に駆け巡る様々な場面。
令嬢達に笑顔を向けるリエル皇子様
令嬢と2人きりになって、パーティを楽しむリエル皇子様。
手を握りしめたり、肩に触れあったり……。
これは妄想だ。わかってる。
でも、モヤモヤする。
これまで、こんなことはなかった。
切なくなることはあっても、胸がやけつくような感情はなかった。
ーーこれが人間の「嫉妬」……?
「ナユタ、ここにいたのか」
背中越しに聞こえる父レオンの声。
振り向くと、彼が手紙を持っていた。
「先ほど、伝書鳩が飛んできたよ。明後日、リエル殿下が皇居に戻られる前に、少しだけここに寄るらしい。ナユタに会いたいってさ」
レオンは嬉しそうにナユタに話かける。
しかし、娘はあまり元気がなく、眉をひそめていた。
「どうした? 明後日、殿下に会えるのに」
「いえ、ちょっと自分が嫌になって」
その会話の後、レオンはナユタを園庭でのお茶に誘った。
娘の沈んだ様子が気になったからだ。
急遽、メイドが紅茶とアップルパイを用意する。
そして、レオンに問い詰められ、ナユタは素直に今の感情を彼に吐露した。
「あぁ⋯⋯、ハースト家の令嬢が気になるのか」
「なんだか、どうしてもモヤモヤします。そんな自分があまり好きではありません」
「君が成長した証拠だよ」
レオンは娘の悩みに耳を傾ける。
そして、彼なりの答えを口にする。
「今は一人の人間として、ナユタはリエル殿下と向き合おうとしているんだ。それでいいんだよ。」
「殿下に嫌われないでしょうか?」
「たぶん喜ぶと思うよ。気になるなら直接、本人に聞いてみなさい」
「嫉妬を喜ぶ?」
ナユタは父と会話をして、少し心が軽くなった。
「ほら、そういう時は、甘いものを食べなさい。」
「はい。私の好きなアップルパイですね! ありがとうございます!」
(以前なら、アップルパイがテーブルにあれば、会話なんて後回しだったのに)
レオンは恋に悩むかわいらしい娘の姿に、終始にやけた表情をしていた。
※ ※ ※
「リエル殿下がもうすぐ到着いたします!」
使用人から伝言が入った。
ナユタの姿では、ほぼ2ヶ月ぶりにリエル第ニ皇子に会う。
心臓が壊れそうに早鐘を打ちだす。
レオンとナユタは、リエルを出迎えるため低宅の外に出た。
馬車が到着。
ゆっくりとリエルが降りてきた。
(皇子様、皇子様だ!! )
ナユタは子供のように、駆け寄りそうになった。
(専属騎士の時は、ほぼ毎日会えていたのに⋯⋯やっぱり皇子様の側がいい! )
そして、リエルもナユタを見て、あからさまに明るい表情になる。
「リエル殿下、大公閣下に御挨拶いたします。お疲れのところ、ようこそいらっしゃいました」
レオンが、皇子に頭を下げた。その後ろでナユタも頭を下げる。
「皇居に帰る前に、レオン閣下とナユタ嬢と話をしたくて⋯⋯忙しいだろうに、すまない」
「いいえ、私どもも嬉しく思います。ぜひ、視察の様子などお聞かせ下さい」
ナユタは、レオンの後ろでリエル皇子を見つめていた。
(会わない間にすごく落ち着かれたような⋯⋯皇子としての風格さえ増したような気がする。)
すると、リエルはナユタの手を取り、手の甲にキスをした。とたんにナユタは顔に熱が集まる。
ーードクン、ドクン、ドクン
「ナユタ嬢、しばらく会わない間にまた美しくなったね」
ナユタは驚いた。
(以前の皇子様はただ照れるだけだったのに⋯⋯急に紳士になられたのね。)
「じゃあ、ナユタはリエル殿下と一緒にいなさい。私はクレオ閣下と二人で話がしたいから。」
レオンは、ナユタとリエルが二人きりで話ができるよう気を利かせた。
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