43.騎士から皇太子妃へ
「あー良かった! 変わり身はまだ健在だわ」
あの後、キリアンやメイドが退出したわずかな時間。
ナユタは、自室のベッド下でこっそりリリィになってみた。
以前と変わらず、小鳥の姿になって安堵する。
(二日間も皇子様の部屋に行けなかったし⋯⋯今夜は行かないと。)
そして、慌てて人間に戻る。
小鳥から人間に変身する時、必ず勝手に身に着けている羽毛ワンピースを脱ぎ、部屋着に着替えた。
(お父様と神官様が、急に皇居に行かれたから⋯⋯リエル殿下も驚いてるだろうなぁ。)
その時、キリアンがワゴンを押して部屋に入ってきた。
「考えても仕方ないんだろ? お茶とアップルパイ用意してもらったよ! 一緒に食べよう、ナユタ!」
※ ※ ※
リエルは、アンナの墓の前で一人たたずんでいた。
(⋯⋯どういうことだ? )
昨日、自ら自然と「婚約」の言葉が出た。
すると、背中を痛がりナユタは意識を失った。
医者にみせた後、意識不明の原因さえわからない、と宣告。
キリアンが幌馬車に乗せて、シュバルツ家の邸宅に連れて帰った。
(意識は戻ったのか? )
キリアンは今日は業務を休んでいる。
(ナユタは病状はどうなったんだ? )
全く別の話だが、リリィも姿を見せなくなった。
急に自分が『不吉第二皇子』と揶揄されていることを思い出す。
ーー僕は……本当に『不吉』を呼ぶのかもしれない。ナユタとリリィを失った未来なんて想像できない。僕はそんな世界で正常でいられるのか?
リエルは全身が恐怖で震えだす。
その時。
執事が慌ててリエルの元に駆け寄ってきた。
「殿下、今すぐ謁見の間におこし下さい! レオン閣下が急な報告があると⋯⋯」
「閣下が? まさかナユタがどうかしたのか?!」
「詳しくは聞いてませんが、最高神官殿もおいでです 」
「最高神官?」
※
皇帝陛下の謁見の間。
すでに皇帝陛下、皇后陛下が玉座に座っていて、へヴァンはその横に立っていた。
リエルがそこに合流し、皇族がそろう。
「皇帝陛下に御挨拶申し上げます。遅れて申し訳ありません」
リエルが謝罪。
皆、緊張の面持ちだった。皇帝テオが返答する。
「いや、急な召集だったからな 。お前も壇上に上がりなさい 。もう一度神官から報告を受けるから」
「はい、ありがとうございます。」
リエルは一礼をして登壇し、へヴァンの隣に立った。
「もう一度、時系列で詳細な報告を」
「はい 、では私から報告させていただきます」
レオンが口を開く。
「まず最初にリエル皇子もいらしたことですし、改めて本日急遽登城した理由を述べます」
レオンは一呼吸おく。
「私の娘、ナユタの背中にシュバルツ家の紋章が現れました」
リエル皇子は耳を疑った。
(なんだって? ナユタの背に……? )
最高神官が続けて説明する。
「私にもエストリニア神から神託があり、ナユタ嬢の紋章も確認いたしました。間違いなく、シュバルツ家の紋章です。これで、200年ぶりのシュバルツ家の正式な令嬢となります 。 ご存じの通り、血のつながりのない女性にシュバルツ家の紋章が現れるのは、建国以来初めての事態です」
「今、ナユタ嬢はどうされているのかな?」
レオンにナユタの様子をたずねる皇帝テオ。
「丸一日臥せっていたので、息子のキリアンと共に邸宅で休ませております」
「本人も驚いたことだろう。しばらく休養させなさい」
陛下はナユタの体調を思いやる。
「ところで、これからどう対応するか⋯⋯」
そこまでレオンが話を進めたら、皇后アリシアが席を立ち上がった。
「私は失礼します 。もう私の意向は反映されないでしょうから 。話し合った結果だけ宰相を通じて伝えるように」
アリシアは護衛とメイドを連れて、足早に謁見の間を後にした。
「急なことで、アリシアもついていけないのであろう 。 勘弁してやってくれ」
「戸惑うお気持ちは理解いたします。しばらく静養された方がよろしいでしょう」
その後、テオは一呼吸ついてから口を開く。
「まず、ナユタ嬢はリエルの専属騎士は解任だ」
リエルはうつむいて返事をする。
「はい、陛下」
あまりに突然だが状況が変わった。
今や彼女は、絶対的な次期皇太子妃になった。
逆に護衛される側だろう。
「あとは皇太子の選定を急がばならない」
テオが二人の皇子に目を向けた。
「……ナユタ嬢のデビュタントはいつだね?」
「三ヶ月後です」
「その直後、皇位継承者を発表し、そのままナユタ嬢と婚約発表する 。かなり立て込むが東帝国の平和がかかっているからな」
「⋯⋯承りました」
レオンとマニュシュが頭を下げて返答した。
※ ※ ※
その頃、皇后アリシアは自室のソファで胸をおさえ苦しんでいた。
ーーあの娘⋯⋯油断した。エストリニア神の平定(※1)が発動する。この国に平和が訪れる⋯⋯なんとか⋯⋯なんとかしなければ!!
皇后は過呼吸になり、ソファに倒れ込む。
肩で息をする。顔色も青い。
体の自由がきかなくなっていた。
ーー⋯⋯邪魔してくれるわね、アリシアめっっ! お前はそこから国が滅びるのを見ながら、無力な自分を呪っていれば良いものをっ!
アリシアは黒いオーラを全身から一気に放ち、呼吸を整えた。その後、にやりと口角をあげる。
ーーこの体は、東帝国が滅びるまで渡さない!
息を整えたアリシアはメイドを呼び、ワインを持ってくるよう命令した。
※ ※ ※
(※1)
シュバルツ家の直系の令嬢が皇后となれば、平安な時代が訪れるという逸話。「エストリニア神の平定」と呼ばれる。
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