41.消える命と授かる命
「もしかして、ご懐妊ではないのですか?」
侍女がナーシャ夫人に告げる。
「え? まさか⋯⋯」
シュバルツ侯爵家当主レオンの妻ナーシャ。
彼女は頬を染めて動揺した。
「だって、食事の好みががらっと変わられましたし⋯⋯匂いに敏感になられて」
「言われてみれば、月のものも遅れてるわ」
「絶対そうですよ! 最近、お体の調子がよくありませんが、ご懐妊が原因なら喜ばしいことです。一度、主治医に診てもらいましょう 」
「そうね 、お願いするわ」
「少しお休みください。早速、主治医と連絡を取りますので」
「ありがとう」
侍女が、慌てて部屋から出て行った。
※
やわらかく優しい日差しが、窓からふりそそぐ。
カーテンが風で小さく揺れた。
ナーシャ夫人は何かに気づき、窓辺近くに歩み寄る。
すると、窓枠に一羽の桃色の小鳥。
そのくちばしは、鹿の毛をたくさん咥えている。
(巣作りかな……この小鳥も親になろうとしているのね、私はまだ妊娠しているかわからないけど)
ーーーードクンッッ!!
「うぅっっ!」
突然、胸が悲鳴をあげた。
心臓がわしづかみされる痛み。
心臓に持病があるナーシャも、今までに経験したことがないような発作だった。
(どうしよう、息ができない、だ、だれか⋯⋯)
声にならない叫び声を上げる。
片手でカーテンをつかんで、よろめきながら立ち上がる。
(今? 今なの? 今、死ぬの? レオンを残して? キリアンをおいて? お腹に子供がいるかもしれないのに?)
はぁはぁとか弱い呼吸しかできない。
胸をおさえ苦しみもだえた。
つかんだカーテンは金具から外れる。
ドスンッッ!!
その場に仰向けで倒れるナーシャ。
頭を強く打ち付けてしまった。
(もうダメ⋯⋯目も霞んで⋯⋯)
彼女は窓枠にたたずむ鳥を、かすかにとらえる。
小鳥は鹿の毛を咥えながらナーシャを見つめている。
思わず、その鳥に想いを託す。
ーーお願い⋯⋯あなたも親になるのでしょう? 私の最後の望みを聞いて欲しいの。もし妊娠しているならば、この子だけは、なんとしても生まれてほしい。どうか⋯⋯この子の魂だけでも、あなたに預けさせて。どうかエストリニア神よ、私に……情けを⋯⋯!! ーー
ナーシャは涙を浮かべながら、ゆっくり目を閉じた。親鳥はナーシャのお腹の上まで飛んで、その上にうずくまる。
まるで抱卵しているかように。
「きゃあああっっ! ナーシャ様!」
部屋に戻ってきた侍女が、倒れているナーシャ夫人を見て、悲鳴を上げた。
「ナーシャ様!! どうされましたか! 誰か! お医者様を呼んで! 早く!」
混乱している使用人をよそに、桃色の小鳥は大空に向かって羽ばたいた。鹿の毛を咥えたままーー。
※ ※ ※
(なに、この映像⋯⋯ナーシャ⋯⋯お母様の最期なの? )
あれは、まちがいなくモモイロノトリの親鳥だ。
義母ナーシャが最期に願いを託した生物。
(ここは⋯⋯? )
ナユタはゆっくり瞳を開けた。意識がぼんやりと覚醒していく。
(私の部屋の天井だわ。)
ゆっくり体を起こした。
(確かリエル殿下と話している時に、背中に激痛が⋯⋯キンモクセイの匂いしか覚えていないなんて。)
上半身が硬い。
なぜか硬くて動かせない。
彼女は、包帯でぐるぐる巻きにされていることに気づいた。
「ナユタお嬢様! お目覚めですか? 良かったです!」
侍女が駆け寄る。
「私はどのくらい寝ていたの?」
「はい。丸一日です。」
「包帯が巻かれてるけど⋯⋯?」
「ナユタ様が倒れた直後背中を痛がっていた、とリエル殿下にお聞きしたようです。とりあえず、固定したようですね。」
※ ※ ※
十分後。
「ナユタ、気がついたか?」
「どうだ、体調は? 背中は痛くないか?」
父レオンと兄キリアンが血相を変えて、部屋に飛び込んできた。
ちょうど女医が包帯を解いていた。
もう少しで、上半身全てを露出してしまうタイミング。
家族三人は目を合わせたまま、動きを止める。
「わ、悪いっっ! 見てないからっ!」
顔を赤くした男二人は、慌てふためく。
「出ていって!」
ナユタが低い怒号が響かせた。
二人は逃げるように部屋を出る。
「どうぞ作業を続けて」
ナユタは女医に包帯を全部取ってもらった。
「背中に痛みはありますか?」
「いえ、もうないわ、なんだったのかしら?」
女医は目を見開いて、ナユタの背中に顔を近づけた。
「ーーお嬢様 、 胸をお隠し下さい 」
急にシーツで胸辺りを隠すよう女医に促される。
「閣下に背中を見ていただきます」
「お父様に? 何故?」
女医は、ナユタの問いを最後まで聞かなかった。
部屋の外に出て、レオンに事情を説明しているようだ。
直後。
彼は取り乱した様子で、再び女医と共に部屋に入ってきた。
「⋯⋯悪い。ちょっと背中を見せてくれ。」
父のあまりの剣幕に、ナユタは少し戸惑い気味で了承する。
彼は、背中の肩甲骨あたりを何度も女医と確認。
「ナユタ⋯⋯触れてもいいか?」
「は、はい? どうぞ」
レオンは震える手でナユタの肩甲骨をなぞる。
「これは間違いなく、我がシュバルツ家の紋章⋯⋯」
ナユタは聞き間違いかと思い侯爵に尋ねた。
「モンショウ?」
ナユタは、メイドに鏡をニ枚用意させ、合せ鏡で背中を確認した。
キリアンは、外から部屋の様子を眺め、時が止まったように立ち尽くす。
レオンは呆然としながら娘に呟く。
「これは⋯⋯医者じゃなくて、神官を呼ばなくてはならない」
最後までお読みいただきありがとうございます
感想や評価、リアクションいただけると、とても嬉しいです(.❛ᴗ❛.)




