40.背中が痛い
皇室騎士団の鍛錬場。
キリアンとナユタは、ダミーの剣で対戦中。
力技で押し切るキリアンと、俊敏な動きで惑わすナユタ。
必ず持久戦になる二人。
二人が稽古していると騎士達がざわざわ集まってくる。
他を圧倒する二人の動きに見入っていた。
そこに、リエルが鍛練場に現れた。
彼も訓練に参加するようだ。
とたんに、ナユタの動きが止まる。
「お兄様、休憩休憩ーー!」
「何? またお前は殿下と話したいんだろうっ! させるかっ !」
キリアンが隙だらけのナユタに襲いかかる。
バンッッーー!!
衝撃音と共にダミーの剣が宙に舞う。
キリアンの剣が弾かれる。
それは地上に落ちて、くるくると回って止まった。
「物騒な兄妹ゲンカだな」
リエルが二人の対戦に介入し、キリアンの剣をはじき飛ばしたのだ。
リエルは、本気でキリアンに怒っているようだ。
リエルの行動に呆然とするナユタ。
(リエル殿下が私をかばった⋯⋯まあ、あんな攻撃全然かわせるんだけどね⋯⋯お兄様ナイスタイミング!! )
ナユタは皇子の背中越しから、兄に向かって、サムズアップを見せて喜ぶ。
キリアンは妹のテンションについていけなかった。
早速、リエルに話しかけるナユタ。
「殿下、あちらの園庭に参りましょう」
「え、でも⋯⋯」
「キンモクセイが咲きましたよ、 早く」
「⋯⋯皆、稽古を続けてくれ」
リエルがナユタの誘いを断れず、ついていく。
ナユタの幸せそうな顔を、キリアンは切なそうに眺めた。
ーー俺はあんな表情させてやれないな。
「さあ、稽古の続きやるぞーー!」
キリアンの気合いに身震いする騎士団員達。
「シュバルツ家の兄妹は仲が良いな」
急にキリアンの背後から声がした。
振り向くと、珍しくへヴァン第一皇子が鍛錬場に現れた。
「へ、へヴァン殿下⋯⋯!」
「珍しい奴が来た、とでも? まあ、その通りだな。私は鍛練するつもりはない。見学に来ただけだ」
騎士団員達もへヴァンに気付き、次々に挨拶にやってくる。彼は素っ気なく彼らに接した後、ベンチに座った。
キリアンも戸惑いながらも、主君の側に立つ。
「シュバルツ家の兄妹は仲がいいな」
へヴァンは騎士団達の稽古を見つめながら、キリアンに話しかけた。
「そうでしょうか 。 もう少し兄を敬う気持ちが欲しいところです」
「遠慮なく会話ができるのが家族というものだろ」
キリアンは、へヴァンとリエルの関係が頭によぎる。
ーーしかし、弟のリエル殿下と距離を取っているのは、へヴァン殿下の方だろう? 皇后陛下の命令かもしれないけど……。
「お前はナユタ卿を一人の女性として好意があるのだろう?」
ーードクンッッ!
心臓が、跳ねた。
「いえ……誤解です」
へヴァン皇子は、後ろに立つキリアンの方へ体をひねって目を合わる。
「ここには俺たち二人しかいない 、 無理しなくて良い」
「違います」
「まあ、本心なんて言えるわけないか 」
二人に微妙な空気がながれ、会話が途切れる。
「ただ、『兄妹』という関係は最強だと思うぞ」
「何故ですか?」
「パートナーは確かに愛し合ってるかもしれないが、所詮は感情で結び付いてるだけだ 。何か困難なことがあれば、生家に帰ってくるじゃないか」
「そうでしょうか」
「無償の愛情は尊い 。お前はすでにそれを手にしている。 うらやましい限りだ」
「⋯⋯なんか現実的な話ですね」
「君は、ナユタ卿にとってかけがえのない存在になっている。それでいいじゃないか」
すると、血相を変えてキリアンの元に一人のメイドが駆け寄ってきた。
「キリアン様、大変でございます! ナユタ様が! 早くこちらへ!」
※ ※ ※
「見てください! キンモクセイが咲き始めてます。良い香りでしょう」
騎士団の訓練を抜け出したナユタとリエル。
このあたりの園庭は、低木が等間隔で植えられている。
オレンジ色の小さな花。
その匂いが、リエルの感情を麻痺させる。
「この辺りの庭は、そこまで手入れされてなくて、私は好きです」
ナユタの桃色の髪が風に揺れる。
訓練服を着用していても、女性らしい姿に見えた。
リエルは背徳感から彼女から目をそらす。
ふと、鳥が多く集まっている場所が目に止まった。
「あの場所は⋯⋯」
「あぁ⋯⋯アンナのお墓にエサを置いてたんです。すると、鳥達がつついてるようですね」
「アンナ?」
(しまったっっ! 殿下は名前まではご存じなかったっ! )
「あ、あのモモイロノトリの名前を勝手につけました 。やはり名前がある方が馴染みやすいので」
「そうだね。じゃあ、僕もあの鳥をアンナと呼ぼう」
ナユタは、その場を切り抜け安堵した。
「鳥は良いよね、 空が跳べて」
「ええ、最高ですっ!」
リエルはくすくす笑った。
「まるで跳んだ経験があるみたいだね」
ナユタは、また失敗した、と頭を抱えた。
「アンナ⋯⋯だっけ? ああやってエサに群がる仲間がいたら、寂しくないだろうね、ありがとう」
ナユタはリエルに感謝され、盛大に照れていた。
その時、彼の心を乱すように風が吹き荒れる。
甘く誘惑するキンモクセイの匂い。
風に揺れる愛らしいオレンジ。
全てはキンモクセイのせいだった。
「ナユタ」
「はい?」
「婚約しようか?」
ズキンッッーーー!!
激痛。
声も出ない激痛が背中を貫く。
ナユタはキンモクセイの低木に倒れこむ。
「ナ、ナユタ!!」
その香りが一層むせ返り、小さなオレンジを揺らして風が通り抜けた。
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