37.私の一生独身宣言にお兄様が歓喜する
「リエル殿下、皇帝陛下がお呼びです。」
「わかった。執務室でいいのかな?」
リエルが皇太子になる決意表明した会食後。
皇家の態度に変化があった。
テオ皇帝はリエル第ニ皇子と話す時間を増やした。
父の皇帝は時間ができれば、リエルを執務室に呼び、他愛のない話をするようになった。
この変化に貴族達は、敏感に反応する。
「まさか⋯⋯皇太子を第ニ皇子に指名されるのでは⋯⋯」
「いや、先日まで疎遠な親子関係ではなかったか? へヴァン殿下の方がまだ有力だろう?」
「しかし、見誤れば我々の家門にも影響が」
相変わらず、彼らは自身の保身にしか興味はない。
この国の統治者に相応しいかどうかなんて眼中にはなかった。
一方、皇后はあの会食以来、体調を崩している。
うなされることも多い。
テオやへヴァンが、代わる代わる様子を見に足を運んでいた。
リエルも見舞いに行きたかったが、テオに止められていた。
「今は大事な時期だから……もう少ししたら、お前を受け入れてくれるかもしれない 」
リエルは意味がよくわからなかったが、父テオの指示通り見舞いには行かなかった。
へヴァンが一番態度が変わらない。
皇居内ですれ違っても、軽く挨拶するだけだ。
ーー 《俺はお前に幸せになってほしくない》
《あいつはやめておけ》
兄の言葉が頭から離れない。
「兄上」という呼び名を何度も強要したり、彼が涙した理由もわからない。
兄の態度が一番リエルを苦しめていた。
※ ※ ※
「ご主人様、 キリアン様、どうぞお入り下さい」
ナユタがドレスを部屋で試着し終えたのだ。
扉の向こうには、ナーシャ夫人の生き写しでしかないナユタがたたずんでいた。
「ナ、ナーシャ……」
思わず亡き妻の名前を口にした父レオン。
あまり装飾のないドレス。
アクセサリーも若者らしいピンクサファイア。
髪は幼さの残るリボンで結んでいる。
キリアンもすっかり美しく成長したナユタに言葉も出ない。
脈が早くなり体が熱い。
「女性」として意識していることを実感する。
ーー自分は兄、兄なんだ
キリアンは自分に言い聞かすように、この言葉を心で唱えた。
「ちょっとお母様にもお見せしてきます」
彼女は足早に肖像画が飾ってある廊下へ向かう。
レオンはナユタの変化に気づく。
(故人を偲ぶという感情がわかるようになったかな? )
「キリアン、お前もついていくのか?」
「⋯⋯ええ、お母様に会いに行きます」
※ ※ ※
【シュバルツ フォン ナーシャ】
肖像画に添えられたプレートに刻まれた名前。
現シュバルツ侯爵レオンの亡き妻。
ピンクの巻き髪に、グレーの瞳。
彼女の肖像画の前で、ナユタは立ち尽くしていた。
(お母様⋯⋯いかがですか? あなたの娘になってから、8年経ちました。 私はあなたの娘と名乗れる女性に近づいていますか? )
目をつむり、心の中で静かに語りかける。
「⋯⋯ナユタ」
「お兄様」
「邪魔したかな?」
「いいえ、もう終わりましたから」
「ナユタは母上が亡くなって、数カ月後僕の妹になったんだよね」
「そうですね」
「そのせいかな? お母様の生まれ変わりのような気がしてしまう」
「私は私ですよ」
ナユタはキリアンに顔を向けて、はっきりと言いきった。
「そうだな、ごめん」
「いいんですよ、 そんなに似ているなんて本当の親子になれたみたいで嬉しいです」
「俺は⋯⋯」
キリアンはナユタの手に触れた。
「もう失いたくないんだ」
「大切な人は誰も」
手をきつく握り、その手の甲にキスをした。
「お兄様⋯⋯」
「お前が騎士でいる限り、胸が張り裂けそうだ⋯⋯最近、また皇子がかわいがっている鳥が狙われたそうじゃないか」
「私は強いです」
「辞めたくなったら、いつでも言うんだぞ」
ナユタはめんどくさくなって、はいはいと、いい加減な返事をするだけだった。
「それよりどうですか? こんなドレスを着るのは初めてです 」
「⋯⋯う、美しいよ」
キリアンはあからさまに照れた。
まともにナユタの瞳が見れない。
ナユタはキリアンの両頬をつかみ自分に向ける。
「ちゃんと私の瞳を見て言ってください」
キリアンはナユタの目と合った。
とたんに心臓が跳ね上がる。
「き、きれいだよ」
「本当に?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、リエル皇子様にもきれいと思ってもらえるかしら」
キリアンはその言葉を聞き、黒い感情が少しわく。
「ナユタ、リエル皇子は……やめた方がいい」
キリアンの言葉が胸に突き刺さる。
「大丈夫、 わかっているわ。 私は養女だもの」
そして、言葉を続ける。
「私は誰とも結婚しないと思う」
キリアンは、その言葉に飛び上がるように喜ぶ。
「そ、そうかっっ!!」
「⋯⋯何? 急に元気になって……私が一生独身なのが嬉しいの?」
「お兄様が一生お前の面倒見てやるからなっっ!」
テンションが高くなった兄は、べらべらと何気ない会話を続けた。ナユタは兄の話を聞きながら、ある考えをめぐらせていた。
(本体がモモイロノトリの私と皇子様では⋯⋯というか鳥と人間なのだから、婚姻自体無理だ。 だから、私は騎士として一生お側にいれれば、それでいい)
「痛っっ!」
ナユタは突然背中にチクッとした痛みを感じ、思わず声を上げた。
「どうした?」
「いえ、背中に痛みが走ったような気がして……もう大丈夫です」
「そうか 無理するなよ。もう父上の元に戻ろう」
「はい」
キリアンはナユタの手をひいて、父の部屋に向かった。
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