31.誤った標的
「へヴァン殿下の誕生日パーティーが近づいてきたな。 ナユタ卿も招待されているんだろう?」
「はい、私はお父様と一緒に参席します」
カノ卿とナユタは訓練後、リエル皇子の執務室に向かっていた。
「カノ卿はもう怪我は治りましたか?」
「ああ、もう1ヶ月経つからな。あとは傷痕が薄くなるのを待つだけだ」
カノ卿は同じリエル皇子の護衛騎士。
ナユタやキリアンよりは剣術は落ちるが、リーダーシップに優れている。皇室騎士第三団副団長でもあった。
鍛錬以外は、主にリエル皇子の護衛にもつく。
ナユタとカノ卿は、二人でリエルの執務室に向かっていた。
その時。
「きゃあああーーーーっっ!! だ、誰かっ!」
突然、廊下に響き渡る女性の悲鳴。
リエルの執務室の方から。
二人は即座に叫び声が上がった方向に走る。
そこには口元をおさえ震えながら、うずくまる一人のメイド。ナユタが息を切らして彼女に尋ねる。
「何事ですか?!」
「あ、あれを⋯⋯」
震える指で指し示した先には⋯⋯リエルが四つん這いになって、うなだれている姿だった。
彼の視線の先には、横たわる一羽の鳥。
動かない小鳥⋯⋯モモイロノトリ。
「リリィ⋯⋯嘘だろ⋯⋯?」
リエル皇子は魂が抜かれたような表情で、動かない小鳥につぶやく。
どう見ても、小鳥は息を引き取っている。
ーーーーバンッッ!!
皇子が握りこぶしで、思いっきり何度も床を叩く。
「お止めくださいっっ!」
ーーーーバンッ! バンッ! バンッ!!
カノ卿が狂ったように床を叩き続ける皇子を制した。
何度も拳を打ち付けたせいで、小指の外側から血が噴き出している。
「リリィ、動いて⋯⋯いつものように、うるさく鳴いて」
彼はメイドに目を見開いて叫ぶ。
「リリィはきっとお腹をすかせてるんだ! いつものようにクルミをもってきて! 早く!」
ナユタは、その殺伐とした光景を目にして混乱した。
ーー私⋯? リリィなら、ここにいるわ⋯⋯。皇子は動揺して、ちゃんと鳥を識別されていらっしゃらない。とりあえず落ち着かせないと!
「殿下⋯⋯ナユタが参りました」
リエルの涙であふれた瞳にナユタが映る。
彼の目の色が一瞬で変化した。
ほんの少しだけ、意識が現実に戻ったようだ。
「落ち着かれましたか?」
「あ、ああ、すまない⋯⋯メイドが、動かないモモイロノトリを見て、悲鳴を上げたんだ、僕はすぐに執務室を出て⋯⋯」
それでも、リエルは顔面蒼白のまま肩で息をしながら、淡々と今の状況を話す。
「リリィがいなくなったら、僕は⋯⋯僕はどうすれば」
血が流れている右手をナユタは握りながら、リエルに問いかけた。
「この鳥は確かに『リリィ』ですか?」
「⋯⋯え? あ、ああ、ちょっと待って。モモイロノトリだったから、気が動転して」
リエル皇子は、横たわっているモモイロノトリを細かく確認する。
「ち、違うか⋯⋯いや、違うな。 桃色の濃淡部分が違う 。よく似てはいるが 」
皇子は座り込む。全身の力が抜けたように。
「情けない姿を見せてしまった 。申し訳ない 」
「いいえ 、心中お察しします 」
「しかし、これは僕の弱点をいつでも狙えるという警告だろう。それか単純にリリィと間違えて殺したかだ 。どちらにしても、僕の心を壊そうとしている」
「殿下⋯⋯」
リエル皇子は立ち上がって、横たわるモモイロノトリに謝罪。
「君は僕のために命を落としたのかもしれない 。いや、そうだろう。どう謝ればいいのか言葉もない。⋯⋯安らかに眠ってくれ」
皇子はそう言葉をかけ、使用人に庭に丁寧に埋めてあげるよう指示した。
「ちょっと一人にしてほしい」
彼の心の傷は計り知れない。
「しばらくは執務室前で護衛いたします」
カノ卿はそうリエルに告げた。
リエルは小さくうなずき、執務室に消える。
傷ついた彼の後ろ姿を、ナユタは見守るしかなかった。
そして、彼女はリリィの存在の大きさを思い知る 。
皇子の中では、唯一無二の心の支えなのだろう。
しかし、その事が一羽の鳥の命を奪った。
庭に埋葬するために、一人のメイドが小鳥を拾い上げた。
その様子を、ナユタは涙をこらえながら眺めていた。
両手をきつく握りしめる。
その拳が震える。
怒りで血が狂ったように逆流する。
間違いない。
(アンナ⋯⋯アンナが犠牲に!)
殺されたモモイロノトリは、間違いなく「アンナ」だ。
雛達も巣立ち、だいぶん自分でエサも捕まえられるようになってきたと⋯⋯母鳥としての会話を楽しんでいた。
(仲間が私の代わりに⋯⋯っっ!)
ナユタは鬼の形相になって唇をかんだ。
(殺してやるっっ! 絶対に!)
彼女は突然走り出した。
「ナユタ卿、どこへ?」
慌ててカノ卿が、後ろ姿のナユタに問いかける。
しかし、彼女は止まることなく走り続け、あっという間にその姿を消した。
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