11.人間の手が存在する理由
ナユタが夢にまで見た今日。
それは、人間としてリエル皇子に初めて会う日。
ナユタがリエル第二皇子との面会をしつこく要求するので、父のレオンが折れた。
いよいよナユタの悲願がかなうのだ。
ーー この姿で皇子様に会える! このために2か月努力したんだ。ちゃんと教育の成果を出さなきゃ……
かわいい8歳の侯爵令嬢に見えるかしら?
※ ※ ※
「ほら、またリエル殿下お一人だわ」
「最近、使用人としか会話されてないんじゃないの?」
「しっ! 聞こえたら大変よ! 不敬罪で仕事なくなっちゃうわよ!」
園庭の清掃中のメイド達は、口々に噂話をしていた。
少し離れた場所で、リエルは園庭で一人、大木に体を預け座っていた。
空を眺めている。
もちろんメイド達の噂話は、彼にも丸聞こえ。
しかし、幼いながらも耐えるリエル。
悠々と鷹が青空を滑っている。
その姿は、地上で這いつくばる人間を見下しているようだ。
ーー 僕も鳥になりたい。一羽でも平然として、自由な空を飛んでみたい。
すると、上から葉っぱが一枚ヒラヒラと舞い降りた。
思わず頭上を見上げるリエル。
そこには枝に座る一人の少女。
リエルは無意識に口を開く。
「……天使?」
日光がまぶしく、下から表情までは見えない。
彼女は2メートル以上はある高さから、ひらりと飛び降りた。
「危ないっ!」
皇子は思わず叫び駆け寄る。
しかし、彼女はゆったりと足から降り立った。
その少女を見て、リエルは目を見開く。
(……シュバルツ侯爵夫人……ナーシャ様? )
「皇子様、 ここにいたのね! 探したわよ!」
天使の少女は、友達のようにリエルに声をかける。
「え?」
(すごく親しげな口調なんだけど……会ったことないよね? )
少女は、気にせずまくし立てる。
「今日、元気ないわね! 私がいつも通り話を聞くから! 愚痴って! 皇后ってやつと何かあったの?」
皇子はぺらぺら喋べりだす少女に圧倒された。
しかし、事の重大さに気づく。
(誰かにこの子のお喋りを聞かれてはいけない! )
皇子は少女の背後にまわり、後ろから手で彼女の口をふさいだ。少女は真っ赤になって、その体制のまま視線を皇子に向ける。
(あぁっ!! 皇子様の手が私の口にっ! )
「君は不敬罪で捕まりたいの? むやみやたらに皇族の話をしちゃダメだよ! あと敬語忘れてる!」
慌てたリエルに、少女は耳元で警告される。
(皇子様の唇が私の耳に!!)
思わず自身の耳をおさえて、リエル皇子から距離をとる少女。心配そうな彼の表情を見て我に返った。
(いけない、いけない! 人間で初対面という設定……)
毎夜、ナユタはリリィとして、皇子に会っているので、あまりにも馴れ馴れしくしてしまった。
「し、失礼しました」
リエル皇子から離れるナユタ。
面を下げて、ワンピースの裾を持ち上げ、淑女の礼をした。
「私はナユタ フォン シュバルツです。 第二皇子リエル様に御挨拶申し上げます」
「シュバルツ……」
皇子は、レオンが孤児院から養女として引き取った、という噂の少女だと気づく。
しかし、その少女は、あまりにもシュバルツ侯爵夫人そのものだった。
(……どういうことだ……? 遠い親戚だとか? )
「ナユタ令嬢、 レオン閣下とはぐれたの?」
「は、はい!」
「一人では皇居は広すぎる 。僕が一緒に行くよ。 きっと皆探してると思う。はぐれないようにお手をどうぞ 、 シュバルツ侯爵令嬢」
リエル皇子は頬を赤く染めながらも、ナユタに手を差し出した。
ーーこれよ、これ!! 人間の手が存在する理由!!
ナユタは、動揺しながらも皇子の手をとる。
彼女にとって、リエルと「手をつなぐ」という夢が叶った瞬間でもあった。
※ ※ ※
「ナユターー! どこにいるんだ?」
「あれほど離れるなと言ったのに⋯⋯」
広大な園庭ではあちこちで、レオン、キリアン、付き添いの騎士やメイド達がナユタを探していた。 リエルは、その状況を見て、背後からレオンに声をかけた。
「小さなレディが園庭奥で迷ってたよ」
しかし、ナユタは彼に心の声で反論する。
(毎晩来てるんだから、迷うわけないじゃない! )
レオンの瞳にリエル皇子と手をつないでいるナユタが映る。
彼は安堵の表情に変わった。
「これは……リエル殿下に御挨拶申し上げます。娘のナユタが失礼いたしました。こちらから殿下にお伺いする予定でしたのに」
「お父様 、ごめんなさい」
彼女は謝罪はしたが、内心全く反省していない。
(はあ⋯⋯、人間の子供は一人で行動できないとか不便すぎ! )
「ここは皇居だから、あまりにも広いし、遠くへ行ってはいけないよ」
父レオンは、娘ナユタと目線を合わせるためにしゃがんで、ため息をつく。
「皆に心配かけたらダメだろ! 僕のそばにいれば、こんなことには……」
兄キリアンは、ぶつぶつ小言を言う。
「今日はリエル皇子様に会いに来たのに、なぜお兄様といなきゃいけないの?」
「一人で会いに行ったらダメだって言ってるの!」
シュバルツ家の三人の様子をリエルは眺めていてた。
心配してくれる父親、口喧嘩をする兄妹……。
リエルの瞳は、切なそうに揺れた。
ナユタは、その視線に気付き彼の元に駆け寄る。
そして、跪いた。
「私は皇子の専属騎士になるのが夢です! 生涯お守りいたします」
皆の前で、ナユタがリエルの専属騎士になる宣言する。
少しの静寂ーー。
そして、どっと笑いが起こる。
「これはまた大きく出たなーー」
ナユタの頭をなでながら笑う父レオン。
「ナユタは騎士には向いていないよ! 諦めるんだな」
即効、彼女の夢を否定するキリアン。
「お兄様より瞬発力と跳躍力ははるかに上ですけど?」
兄の嘲笑に応戦するナユタ。
リエルはそこで思わず吹き出した。
「キリアンが妹にはかなわないみたいだな!」
ナユタは人間の目線になって、初めて見たリエルの笑顔に心震わせていた。
(リエル皇子様の笑顔⋯⋯なんて尊いこと⋯⋯)
その時。
その和やかな雰囲気を破る女の声。
「ずいぶん賑やかね」
とたんに、その場にいた全員が凍りつく。
アリシア皇后が、へヴァン第一皇子と使用人を連れて、レオン達の前に現れた。




