10.人間っていつ遊ぶの?
早朝、リリィが木の上で休んでいると、近づいてきた仲間のモモイロノトリのケンタ達。
『リリィ、お前、人間の子供に化けて生活してるんだって?』
ケンタが呆れ顔でリリィに話しかけてきた。
『そうよ。昼は「ナユタ」という名前で8歳の女の子になってる。もうすぐ家に帰って、ずっと寝てたふりしないとね。下僕(メイド)が起こしに来る前に。』
ケンタ達は口々に不思議がった。
『人間になって、何か良いことあるの? 地面を歩くしかできない奴等なのに』
『でも、「手」も便利だよ。人間同士で手をつないだり、抱き合ったりできるよ』
『そんなの空を飛べることのメリットとの比較にもならないよ』
ケンタがリリィに問いかける。
『お前……ある人間と親しくなりたいから、人間の姿になったとかいう噂は本当か?』
『正確にはその人を守るため。何か悪い?』
あまりにもリリィが躊躇なく答えるので、ケンタ含めみんな驚いていた。
『まあ、すぐにほとぼり覚めるだろう』
なぜかケンタは吐き捨てるようにつぶやいた。
小鳥達の情報交換は続く。
「ねえ、カンナが鷲に食べられちゃったらしいよ!」
「えーー! 気をつけないとね」
「それより、新しい水場見つけたの! 今度行こうよ!」
リリィをはじめ、皆あっさりとしていて、すぐ別の話題に花を咲かせた。
弱肉強食は世の常。
自然界では、死は日常なのである。
仲間の死もただの注意喚起に過ぎなかった。
※ ※ ※
シュバルツ公爵の養女となったナユタは、貴族のマナーの教育を受け始めた。
食事作法、言葉つかい、一日のルーティン等々。
ーー人間って忙しくない? 採餌(食事)や水浴び(入浴)……全部にルールがあって……いつ遊ぶの?
そして、だんだんと「勉学」という時間も設けられていった。とにかくナユタは全てに必死に食らいつく。
ーー頑張らなきゃっ! 皇子様と会話して手をつなぐんだから! ⋯⋯いや、皇子様を守るんだから!
本を山のように積み上げ、一心不乱に勉強するナユタ。
家庭教師やマナー講師達が圧倒される。
「ま、まあ……吸収速度が早いことは良いこと」
と、半ば呆れていた。
国の成り立ちみたいな授業で、人間は複雑だと痛感する。「歴史」という勉強らしい。
「国」というのは人間が決めた「縄張り」だ。
1対1ではなく、集団で「戦争」という縄張り争いが存在することも知った。
鳥も集団で縄張り争いする種別もいるし、人間もそうなのかな?
「紙」と「ペン」を使って作成する「文字」はとても便利。
勉学の飲み込みは早く、先生達からも褒められた。
ーー もしかして人間の頭脳はとてつもないのでは……しかし、翼がないのは致命的だわ。
※ ※ ※
ある日の午後、ナユタはキリアンと木刀で対戦試合をしていた。
キリアンがナユタの木刀を打ち、彼女の手からそれが離れた。ナユタの負けだ。
ナユタの顔面に木刀を突きつけるキリアン。
見下しながら得意気に口を開く。
「まだまだ僕の足元にも及ばないな」
「三歳も年下で、剣術経験が二か月の私に勝ち誇ってる時点で、騎士失格ですよ」
「お前は口だけは達者だな」
二人は兄妹らしく憎まれ口をたたきあう。
「私も社交界とやらで、デビューするのでしょ? 舌戦も練習しないと」
「僕は無理だ。言葉の裏表とか読めない」
「その方がいいわよ。本来、生物は本能的なものだもの」
「お前……たまに哲学語るなーー」
ナユタはキリアンの母ナーシャそっくりに成長し続けている。
彼は美しく強い妹の横顔を眺めた。
視線を感じ彼の方を振り返るナユタ。
キリアンは、場の空気をごまかすため突然走り出した。
「ちょっと走り込みしてくるっ!」
「えぇ? 急に?」
不思議そうな表情をしているナユタをおいて、キリアンは鍛錬場外周を走リ出す。
その様子を父レオンは、陰ながら見守っていた。
ーー順調にナユタは貴族の生活になじんできている。ただ、一つの問題点をのぞけば。
レオンは、ナユタとの先日の会話を思い出していた。
※ ※ ※
数日前、レオンは亡き妻ナーシャ夫人の肖像画の前に、ナユタを案内した。
「私……?」
「そっくりだろう? 私の妻だ。 亡くなってしまったけど君の母親だね 」
「どうして?」
「気になることがあるのか?」
「どうして、死んだ人の絵を飾ってるの?」
「……あぁ、それが疑問なんだ。そうだね、 この場所はシュバルツ家歴代の当主や伴侶、家族の肖像画が飾られているんだよ 。 後世に先祖の姿を残すことで、故人を偲んだり、功績を称えることもあるだろう」
「亡くなった人を偲ぶ? なぜ?」
「そ、それは……」
「なんのために?」
レオンは愛された記憶がない子供には、理解できない感情なのかもしれないと憶測を立てた。
「ナユタは、突然会えなくなったら悲しくなる人はいないかな?」
ナユタはリエル皇子を思い浮かべたが、追求されるのも面倒なので、曖昧に答える。
「……まだわかりません」
「そう……じゃあ、それが私にとっては妻のナーシャだったんだよ。 今ここにいなくても、彼女との思い出が私を生かしてくれている」
切なそうにナーシャ夫人の肖像画を見つめるレオン。
「肖像画はそれを手助けしてくいるかな 。ここに来ると彼女と対話しているような気分になる」
ナユタはレオンの手を強く握った。
「でも、もういません」
そして、素直に自分が思うことを語るナユタ。
「人間はもう死んだ人に振り回され過ぎかもしれません」
レオンはしゃがんで、ナユタの目線に合わせた。
「でも人を強くするのも、また思い出だったり記憶だったりするんだよ」
「……」
「君も人の気持ちを思いやれる人間になってほしい 」
「その感情がわかれば、人間になれますか?」
レオンはなんだか妙な会話のような気がした。
しかし、ナユタがまだ幼いせいで、使う単語を間違えてるのだろうと結論づける。
「もちろん ! 素晴らしいレディになれるよ」
ナユタとは、こんなやり取りがあった。
彼女が現時点で問題があるのは、この死生観のズレだけだ。
レオンは、父として、彼女がいろんな経験を通して、愛情深い人間になるよう願っていた。
※ ※ ※
一方、そのレオンとの会話のやり取りで、ナユタは思う。
ーー 死んだ人間、鳥⋯⋯全てに「想いを馳せる」という感情が本当にわからない。
レオンが番だったナーシャ夫人を思って、悲しそうな顔をする度。
自分は野生動物なのだ、と思い知らされる。
ナユタは、仲間のモモイロノトリのカンナが食べ殺された話を聞いても、何も思わなかった。
ーーでも、リエル皇子には幸せになってほしい。
絶対に死なせない。守り抜く。
この感情が人間の感情に近いのかな?
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