1-8 異形のバラクテス
そいつはCランクに収まらない魔物。だがBランクには届かない。だが、もっとも始末に負えない野郎だ。
Bランクほどの魔物ならば図体はでかい。けっして、このような場所には現れない。Bランク以上の冒険者しか行かない場所にしかいないものだ。
だが、こいつらは違う。こんな入り口近くにさえ現れてしまえる。にもかかわらず、Cランクの冒険者には倒せない。それがCランクプラスと呼ばれる魔物なのだ。
そして、そいつは今俺の目の前にいる。問題なのは、ここに貴族の一行がいるなんて些細な事ではない。俺がまたやられるかもなんてことではない。ここには今『ジーンがいる』のだ。それ以上に問題な事は俺にとって無いのだ。
そいつの高さ4mはあるだろう姿を目にした時、クラウスは本能的にタンクとしての役割を果たそうとしていた。
「クラウス、バーック!」
俺の叫びに反応して奴はバックステップで飛び退った。これは、俺が必殺の剣を放つ時の取り決めだ。味方が前にいると放てないヤバイ大技を放つ合図だ。
俺は剣を抜いていた。日本刀を。敵うか敵わないかなんてわからない。だが、やらねば死ぬ。俺も愛しい者も。友達も。俺は最大の魔力、そう全魔力を込めて放った。風の魔法剣を。
野郎は一瞬のうちに凄まじい歩様で踏み込んできていた。抜くのが一瞬でも遅れていたら間に合わなかっただろう。
俺が踏み込んだというよりも、奴の方から俺が必殺の1撃を繰り出したまさにその瞬間にインパクトしたのだ。
奴は前傾にかがみこんで奥の空間へと突っ込んでいこうとしていた。俺などただの障害物に過ぎない。そんな邂逅。だが、どてっぱらを半ばかち上げるような1撃は、魔法の刃で奴を切り裂いた。
硬い金属同士が猛速でかちあったような金属音を立てて、俺と奴は激突した。凄まじい衝突だった。もし、そのまま生身でぶつかったのであれば、俺の方が間違いなく弾け飛んでいただろう。
全員が息を飲んで見守った中で、奴は勢いのままにその上半身を転げ落とさせた。魔法剣でないと出来ない芸当だ。
日本刀、それも昔に作られた本物中の本物でなければ斬れなかっただろう。そこまで奴は硬かった。
引ききる刃物、刀の使い方を理解していないこの世界の人間であったならば、刀は消し飛んで本人も吹き飛ばされていたはずだ。奴は削ぎ斬りといった方がいいような感じで鋭く斜めにスライスされていた。
「やったぜ!」
だが、その油断がまずかった。そいつは、ギョロっと目玉をこっちに向けると俺に向かって瞬時に手を伸ばした。
俺は無様にもんどりうった。くそっ、これがCランクプラスって奴なのかよ。まさかプラナリアみたいに2体になるんじゃないだろうな。
俺の足を捕まえて離さない怪物。徐々に引き寄せられる。瞬時に日本刀をでかい目玉に突き刺してぐりぐりしたが奴は離さない。
むしろ手に込めた力を強めた。幸いにしてもう俺の足を握り潰すような力は無いようだが、逃げられないほどには強靭だ。
懐に引きずり込まれたらあの鋭い牙を生やした横に広い大きな口で食いちぎられる。あの2本の牙のでかい事、きっと鎧を着た騎士をも無事では済まされないだろうよ。
「シャル!」
ジーンの悲壮な叫びが俺に届く。だが、もう魔力がない。ダンジョンからの補充も間に合わない。
クラウスの攻撃は反対側の手で阻んでいた。かろうじて繰り出した刃は目玉には刺さったが、残りの目玉が執拗に俺を睨む。かろうじて刀身がつっかえ棒になって止まっている状態だ。
頭に生えた剛毛、でかい目玉と口。これで包丁を持たせたら、リアルなまはげ2倍サイズだぜ。生憎と俺は、悪いごじゃねえんだが。
俺は腰からある物を抜いた。最初の日に買っておいた物。それはホルスターに収めておいた大口径の大口径自動拳銃だった。
轟音と共に、こちらを睨むぎょろっとした、もう一つの目に向かって立て続けに撃ち込んだ。何発かは目に命中したが、殆どは体に当たって跳ね返った。なんて硬いんだよ!
あっという間に弾が切れた。
「ジーン、収納袋をくれ」
片手はまた刀で塞がっていた。ジーンが投げてよこしたのを片手でうまく掴めた。低レベルの収納袋は本人の認証機能がついていないから逆に使い勝手がいい面もある。そして俺がそれから出した物とは。
イギリス製の7.62ミリアサルトライフルだった。そして弾倉をありったけ。ネットでは、こんな物まで売っているんだぜ。日本じゃ買えないけどな。
あのアメリカでさえも数ヶ月待ちの特別なライセンスがいる代物だ。奴に刺さった刀を引き抜き放り投げると、ライフルを目玉に突きつけるような感じでぶっ放した。
この世界に初めて響く機関銃の音だ。周りにいる人間は誰もが身動ぎもせずに、洞窟の小部屋の中で猛烈な音を放つそれを見ていた。あまり耳には良くない雰囲気だ。
「ジーン、魔法で音を弱めてくれ。耳が傷んじまう」
「わかったわ、サイレント!」
何度も何度も30発入りの弾倉を入れ替えて、俺はぶっ放しまくった。銃が跳ね上がって目からはずれないようにだけ気を配っていた。
おおよそ300発の弾丸を奴の脳天に撃ち込んで、やっと気がついた。そいつがとっくの昔にくたばっていた事を。
何しろ胴体は真っ二つにしてやったからな。こいつは別に高ランクの魔物ではないのだ。だが、奴は俺の足を握り締めていて、全然はずれない。
「こんちくしょう。死んでからも離さないとは見上げた根性だ。あ、ジーン。ジェンカと一緒に空薬莢を拾っておいてくれ」
「空薬莢?」
「これだよ、これ。300個数えてね」
俺は指で空薬莢を摘まんで見せた。
なんで、そんな自衛隊みたいな真似をするかというと、貴族に見られたからだ。あの魔物にぶちこんだ鉛玉はどうしようもないが、空薬莢の方は回収しておきたい。それに空薬莢は再利用できるからな。俺も周りに落ちている拳銃弾の薬莢は、自分で拾っておいた。
「信じられない」
後ろの方で御坊ちゃんが何か言っている。
「はあ?」
「あなたは一体何をやったのかわかっていますか?」
「え、魔物を退治しただけなんだけど」
この坊ちゃんは何が言いたいのか?
だが彼は頭を振ると、とんでもない事を言い出した。
「そいつは、おそらくはバラクテス。伝説の怪物ですよ。よくぞ、あの突進に耐えたものです。かつて対峙したBランク冒険者を一瞬にして血泥に変えたそうですよ。そこまで瞬間的な速度に長け、圧倒的なまでの打撃力を持っておりました」
え! そして振り返った俺の目には、真っ青になった仲間達の顔が目に入った。
「いやあ、ヤバかったね」
「ヤバかったなんてもんじゃねーよ。よく生きてたな、お前」
クラウスも青ざめた顔で返す。
「うわあー。うはあー。やぱりアレだったのかあ~。うっぎゃあー。今自分が生きているのが信じられないー」
ジェンカには最初からわかっていたようだった。彼女は役職柄、魔物の種類などはよく勉強していたようだ。
「シャ、シャル。あなた」
ジーンも呆然としている。
「ねえ、お願いだからさ。誰か助けてくれない?」
俺は間抜けにも死んだ怪物に捕まったまま呟いていた。
幸いにして、坊ちゃんの御付きの下男の人が凄い力持ちだった。クラウスとジェンカ2人がかりではずせなかった魔物の指。にいーっと歯を剥いて見せてくれた笑顔の後に、あっさりと俺の拘束を解いてくれて、それを見たクラウスが呆然としていた。
「ありがとう。助かったぜー」
彼は、にっこりと笑ってお辞儀をしてくれた。
「あのう」
振り返ると、坊ちゃんが話しかけてきていた。
「そのバラクテスはどうなさるおつもりですか?」
「ああ、これ。ギルドに討伐の報告に行きます。俺達が持つ収納袋にはとても収まりませんので。応援を呼んで運び出し、買い取り査定をしてもらいます。多分高価に引き取っていただけるのではないかと」
彼は少し躊躇っていたが、思い切って口に出した。
「それを私に引き取らせてもらえないでしょうか」
「え、でも俺達も実績にカウントしてほしいし」
彼は体の前で手を振って話を続けた。
「いえいえ、討伐実績が欲しいのではありません。討伐はあくまであなた方の実績。こんなバラクテスのような伝説の魔物が倒される現場に居合わせたにもかかわらず持ち帰れなかったでは済まされないのですよ。狩りは失敗したようですしね。おそらく我々が依頼した冒険者達は、こいつにやられてしまったのでしょう」
ははあ、狩りの成果の代わりにこれを持って帰りたいというわけか。
「でも、これだけの物となると競りにでも出せば高値がつきますしね」
俺は惚けて値を吊り上げにかかった。この人はお坊ちゃん臭が凄い。いいカモだぜ!
「わかっています。白金貨50枚でいかがでしょう。こいつには、私にとりそれだけの価値があります」
全員固まってしまった。今、この人、なんて言ったの?
「あの?」
「白金貨50枚。それで不足でございますか?」
「い、いえ。あのう、あなたは一体?」
「ああ、申し遅れました。私はデライン公爵。歳は離れていますが、現アリオン王国の国王であるヴィルヘルム13世の実弟です」
来ちゃったよ、公爵。しかも国王の弟だとー。そんな人がなんでこんな人数でダンジョンにいるんだよー。ヤベエ、こんな人に機関銃を見られちまった。
「ジーン、空薬莢は集まったか?」
俺は小声で聞いた。機関銃はとっくにしまってある。
「299よ。本当に300あったの?」
「シャル。残り一つは、あんたの足の裏よ」
ジェンカにシーフの能力で指摘されて気がついた。慌てて拾ってジーンに預けた。まあ金属片みたいな弾頭だけでは銃の仕組みまではわかるまい。
俺は白金貨を受け取って、その場で確認した。
「わ、わかりました。確かに白金貨50枚いただきました。それでは、ギルドでの手続きを一緒に」
「その必要はない」
振り向いたら、そこに王都アリアの冒険者ギルド、ギルマスのエバーソンがいた。




