2-7 ガイラの町へ
馬車の御者台にはジェンカとクラウスがついた。本当は俺が乗るといいんだが、俺は車の運転がある。とりあえず盗賊は片付けたので大丈夫だろう。助手席にジェンカもいるし。こっちもアイカがついていて、きっちりと哨戒している。
この馬車はそんなにスピードは出ない。約時速8kmといったところか。御者が新米なので、もっと速度は落ちるだろう。
田舎で馬や荷馬車の運転くらいはやったがな。本式の馬車は乗った事がないのだ。代官の家にだってないからな。よぼよぼの馬が一頭いただけだ。
可愛い奴で、子供の頃に好物の草とか持っていってやると、すりすりしてくれたもんだ。俺達が村を出る時もまだ生きてたけど!
ここはソプテルからバレンシアへ向かう道中の3分の1強といったところか。俺達はソプテルを13時半くらいに出た。
そこから快調にすっとばして、1時間で70kmを稼いでしまった。田舎道は早いのは、どこの世界も変わらないようだ。そして森に到達したのだ。
ここは、カインの森といって本当は脅威になるものなど殆どない場所だそうだ。だがいつしか盗賊がいついてしまった。
あの3人を逃がしたのは失敗だったか。また盗賊団を形成するかもしれない。でも、なかなか思い切りのいいやつらだった。もうあの場所にはいなかろう。
怖がる子供達を宥めて、出発したのが15時だ。森は街道に接しているのは10kmほど。ガイラは元々開拓村だった。
森を切り開いて作られたのだ。バランシアへ向かう街道筋、こういう森に面した部分は盗賊や魔物などがいついて危険なのでなるべく切り開かれていたが、このあたりは地形的に厳しいので10km以上に渡り残ってしまっている。
街道が整備されているだけでもマシだ。冒険者崩れなので、魔物のいる森でも平気で活動している。そういう奴らは手ごわい。本来なら新人冒険者なんぞ、返り討ちだ。その森の街道を抜けたあたりにガイラの街がある。
ジーンは孤児院時代に子供の面倒はよく見たし、優しくて美少女なので子供達もよく懐いた。ジーンはそのまま馬車に載せてある。
馬車は時速7km程度で走らせている。無理をする事はない。到着予定は16時半だ。日暮れ前には確実に着けるだろう。俺達も今夜はそこに宿泊する予定だ。
何事もなく森を抜けると、森からなだらかに続く地形の中にガイラの街が見えてきた。だがクラウスはむしろ速度を落とした。
新米御者なんで、下り坂で止まれないのを恐れたのだろう。あいつは見かけの豪放さよりも意外と慎重なのだ。その逆がシャルなのかもしれないが。万一の際にはジーンがスロウをかけてくれるはずだ。俺達はいいチームさ。
俺達は、ゆっくりとガイラの町を目指して走っていった。そして、町に入りほどなくして彼女の家に着いた。この町の商売を一手に握るベナレス商会がそうだった。
中へ入れてもらうと、すぐに当主と思しき人物が現れた。
「ヘレナ、よく無事で帰ってきた。他の子供達も!」
「お爺様、ジェームズさんが、ジェームズさんが」
孫娘の双眼に流れる涙を見て、当主も悟ったようだ。
「そうか、ジェームズは死んだか」
二筋の涙を溢すベナレス紹介の当主キリアン・ベナレス。あの御者は長年商会で働いた苦楽を共にした男だったのだろう。そして、俺の方に向き直った。
「冒険者さん。ありがとう、本当にありがとう。あの森に盗賊が巣食ったという噂は流れていた。心配で護衛をつけてジェームズを迎えに寄越したのだが、こんな事になろうとは」
そのがっちりとした骨太の肩を落とした、当主のキリアンさんは礼を述べてくれた。
「シャルと申します。心中、お察しいたします。こういう場合は、騎馬に乗った冒険者を5騎以上置くのが有効な防衛策であるかと思います。このガイアは失礼ながら、さほど大きい街ではありませんので多数の精鋭冒険者を揃えるのは難しいかと存じますが、フェイクという手法もございます。冒険者の中に偽者を混ぜて嵩を増すという方法もございます。相手が弱小ならばそれは有効となるでしょう。相手が手ごわければ、結果は厳しいものになりますが。それでもいないよりはマシでしょう」
当主の老人は、孫娘を話すとこちらに向き直った。
「なるほどな。そういう考えもあるのですな。いや、お若いのに知恵が回る」
「いえ、あれらの盗賊も元冒険者のような者も多いそうで。身内の恥にございますれば。今回はたまたま通りかかっただけだったのですが、間に合ってよかった事です。ジェームズさんや冒険者達の遺体はどうしますか。あと盗賊の死体と、捕虜が2名おります」
「収納袋だね。案内させるから、そちらにお願いする。盗賊は役人に取りにこさせよう。それは別の場所に出していただきたい。あなた方には是非礼をしたい。どうか今夜は当家に泊まっていってくだされ」
ベナレス氏は少し寂しそうに言った。人間が収納袋に収まってしまう。それが意味する事をよく知っているのだから。
「ジーンお姉ちゃん、泊まっていってー」
「ジーン!」
「聖女様~」
俺達は軽く爆笑した。ジェンカが子供達にかなり吹き込んだらしい。おかげで子供達もすぐ元気を取戻して現地での早めの出発が可能だったのだが。
「爺、ジーンはすごいんだよ。都の聖女様なんだよ!」
「ほお。もしかしてジーンというのは、今王都で評判の『聖女ジーン』様の事か!」
俺達は再び爆笑し、ジーンは真っ赤になった。
「もう! ジェンカがある事ない事吹くからよ~」
ああ、『ビッグマウス・ジェンカ』の本領発揮だな。もっとも、あの王様が話を広めたのに違いねえ。あの人が聖女ジーンの名付け親らしいし。あと、王都の冒険者連中もな。
そうしたら、何やら外が騒がしい。
「む、何だ。何事か」
当主も訝しんだが、そこへバタバタと使用人らしき若い男が走りこんできた。
「大変です、旦那様」
「何事だ、騒々しいぞ。大事な客人がきておるというのに」
「そ、それが」
かなり汗を拭きつつ男は続けた。
「その、王都で評判の聖女様が来ておられるとの事で、是非癒しや祝福を受けたいと町の人間が当商会に押し寄せておりまして」
「なんだと!?」
「きゃああ~!」
両手の平で頬を挟んで真っ赤になっているジーン。
「シャル~。ど、どうしよう」
俺は、ゆっくりとジーンの唇を奪うと彼女の手を引いた。
「ええっ!」
「君の名声が高まるのは、俺達の将来にとっても悪い事じゃないさ。ささっ、従者シャルと共に参りましょうぞ、聖女様」
ウインクする俺に軽く引き摺られるように呆然と歩くジーン。
「ああ、ご愁傷様。よし、子供達。聖女様は行っちゃったから、今度はこのジェンカ様が遊んでやるぞ~」
そう言ってジェンカは俺が買い込んだ、色々な玩具を引っ張り出しているようだった。
俺とジーンは群がる人々に姿を見せた。
「おお、聖女様だ。お美しい」
「うむ。評判なんて当てにならんものだな。実物は噂どころではない、なんという美少女か」
「まるで神の使いのようではないか!」
ジーンの評判が凄いな。俺も鼻が高いぜ。そして俺は集まった人々に向かって言った。
「これから、聖女様ご一行はバレンシアの湖でドラゴンを退治に御行きなさる」
湧き上がる大歓声。
「おお、聖女様がドラゴンを退治してくださるのか!」
「万歳! 我らが聖女ジーンに栄光あれ」
「我らが聖女に祈りを捧げん」
「おお、神は我らを見捨てていなかった」
「聖女様。どうか哀れなうちの子に祈りを。生まれつき眼が不自由なのです」
3歳くらいの女の子が手を差し伸べて、母親に促されてまっすぐにジーンに向かってくる。
「まあ、可哀想に」
ジーンはスタッフを取り出すと祈った。スキル全開で。彼女のスキルは『癒し(究極)』だ。
光を映していなかった、その子の眼は光を宿した。振り返ったその子は言った。
「お母ちゃん。お母ちゃんなの?」
「おお、おお、サリア、サリア! ありがとうございます。聖女様、ありがとうございます」
歓声は再び止まず、その後もジーンは多くの祈りを捧げたのだった。




