アタシ覚醒
森が騒がしかろうがアタシには関係無い。
そう結論付けて家の戸締まりをしてから岩砂漠の方に向かった。
マントの新機能を実験する為である。
別にどこでも出来るのだが、現地でする方が効果が分かりやすい。
クレーターの裾野は木がないので走りやすい。森を抜けて岩砂漠に入ると空気が変わったことが感じられる。
乾燥しているが考えていたよりも暑さは感じられない。
そうなるとちょっと思想を間違えたかもしれない。
暑いところでも快適になるように『冷』と書いた魔道具をフードに組み込んだのである。
頭から冷やしてくれるので快適になると思っていたのだが、あまり暑くない為か冷えすぎの様だ。
『冷房』『冷涼』と文字を変えて実験してみるが余計に寒くなった気がする。
その後も書き換えては実験を繰り返し、思っていたよりも良い感じになる文字を見つけた。
『潤』である。
岩砂漠は空気が乾燥しているので、この魔道具によりマントの中が適度な湿度を保ってくれるようになった。
砂漠では良さそうだが森で使ったらきっと蒸れてしまっていたであろう。
その場合はお蔵入りになったに違いない。現地に来たかいがあったと言うものだ。
次に飛行実験をしてみよう。
ヨミさん達は何か魔法とは違う力で空に浮いたり飛んでいた様だったが、アタシには最強の気を使う人達の技にしか見えない。
だからアタシにも出来る筈だ。
ここは思い込みが重要なので空力学とか余計な事は考えない。
アタシは虫除けとして使っている気を強化した。
最強の人達もそうだったから真似しているだけなのだけど。
そして足から気を放出した。
次の瞬間、周囲を見回しても青しかない場所に居た。
不思議に思い足元を見ると、水を湛えたクレーターが小さく見える。
すぐ脇に細く川が流れており海に繋がっている。
クレーターから海まではさほど距離がないのだなと思った瞬間に息が出来ない事に気がついた。
正確には出来ないわけではなく空気が薄いのである。
まさかの一万メートル越えの垂直跳びをしてしまったようだ。
慌てて気の放出を止めて自由落下に身を預ける。
全身に強化した気を纏っているので風は感じない地面が近付いてくるが、近付いてくる対象の大地は大きいので落下速度が分からない。
迫る大地。これ以上は不味いと感じた瞬間に気を再放出した。
大地への接近速度が下がる、でも凄い早さで大地が近付いてくるこのまま叩き付けられてしまうかと恐怖が脳裏を掠めた瞬間。
地上まで一メートルの場所でなんとか止まった。
そこで気の放出を止めて大地に着地し、そのまましゃがみこんでしまった。
大地に触れた感触により恐怖が安堵に変わる。
そう言えば気を最大にして放出したのは、あの洞窟に居たときに覚えたてで色々実験していた時以来だ。
でもあの時はせっかくポーズまで決めたのに何も出なかったから、恥ずかしくなり出来ない物と諦めていた。
あれからほぼ毎日途切れることなく気を纏い、気を使って走り続けていたので、気の総量が増えていたのかもしれない。
そうすると、もしかしたら今ならあの技が出来るかもしれない。
アタシは両手を合わせて気を手と手の間に凝縮する。
狙いは岩砂漠に立つ山の様な大岩だ。
反動に備えて腰をしっかり落とし、両手を背後まで引く。
その間も気を凝縮し続ける。
そして凝縮した気を前方に放出するイメージをしながら気合いの息と共に両手を前に突き出す。
その時、景色がぶれた。
次の瞬間、大岩が粉々に砕け散り強風が吹き荒れたがアタシは吹き飛ばされることなく、その場に居られた。
飛び散る破片もアタシの前に見えない壁がある様で次々に落ちていく。
アタシは両手を前に突き出した体勢のまま伝説上の台詞を言ってしまった。
「カ・イ・感」
この世界に来てから、ずっと苛まれていたアタシは『非力』と言う二文字から解放されたのである。
アタシは攻撃力がないから、撹乱に徹するね。
みんなを逃がすための時間稼ぎなら囮になって逃げ回れば良い。
あの時もその時も力が無いからと逃げるだけ。
体重が軽いことを利用してスピードを活かした『最速の一歩』も不意打ちでしか危なくて使えない。しかも障害物が無いことが条件だ。
相手が多数いただけでも使うことが出来ない。
更に捨て身の体当りをしたら裸になってしまう。
アタシの役目は基本的に戦闘前に終わる
アタシはアタシ自身が気が付かない間にフラストレーションが貯まっていたみたいだ。
今の爽快感は味わった事がない。気分が高揚している。自分の力を誇示する為に撃ちまくった。
岩砂漠を砂漠にしたくなった。
この一撃があれば、戦闘中もお荷物なんかではない。この世界を壊すことも可能な気がする。
そう思った後の記憶がない。
が、きっとアタシは高笑いをしていたに違いない。
だって喉が痛いもの。
気が付いたら岩砂漠で仰向けに倒れていた。
雲一つない青い空が眩しい。
こんな乾燥した場所で無防備に長時間寝ていたら脱水症状に陥っていたかもしれないが、フードに仕込んでいた『潤』の魔道具が仕事をしていてくれたみたいだ。
気が抜けた状態とはこう言うことなのかもしれない。
実際に気が空っぽになるまで放出したのだから当然かもしれないが。
アタシはその場から立ち上がり周りをみると見事に更地になっている。
さすがにやり過ぎたかしら。
でも気分爽快。スッキリした。
「でもこの力は破壊しか産まないから自粛しないといけないね」
そう自分を戒めていると。
「その通りだな。蜘蛛女さん」
そう背後から声を掛けられた。
気が抜けていて警戒まで抜けていたようだ。
今更の様に相手の存在を振動が伝えてきた。
背後に感じる強烈なプレッシャー。
そしてアタシの事を『蜘蛛女』と知っている存在なんて。
一人しか知らない。
今日は、悦びから始まり、上空で茫然とし、落下の恐怖、助かった安堵、覚醒した力に興奮し、その力に高揚した。
そして次に待っていたのはピンチ。
どうするアタシ。




