ジェンターさんと水筒
ジェンターさんの家は街の大通りに面した雑貨屋のようだ。
店員さんに声を掛けて用件を伝え、マリアンヌさんとエリーさんの手紙を渡した後、ジェンターさんを待っている間に商品をみている。
ところせましと商品が並べられている、干し肉から鍋やナイフ、良く分からない銅像、果ては魔道具まで何でも売っている。
鍋には修繕の後、ナイフも磨き直してあるが中古のようだ、どうやらリサイクルショップも兼ねているようである。
その中の商品の一つに心を奪われ、思わず手にとってしまった。
それは折り畳み式の『携帯電話』である。
しかも、アタシが十五年程前に無くしてしまった型も色も同じ物だ。
この携帯電話が無くなってしまったせいで、当時も友達が少なかったが、その少ない友達とも連絡を取ることが出来なくなってしまったと言う、曰く付きの必須アイテムである。
おもむろに携帯電話を開き電源ボタンを長押ししたが壊れているのかバッテリーが無くなっているのか、起動はしなかった。
電源の入らないディスプレイは真っ黒でアタシの顔を映しているだけだ。
それもそうかと思いつつも、久し振りに見た元の世界のアイテムが手放せないでいると。
「マッキー殿はその商品が気に入ったのか」
振り向くとおじいさんことジェンターさんがそこにいた。
振動感知で背後に人がいて、更に識別もしていたのにも関わらず。
意識が携帯電話に囚われすぎていて、声を掛けられるまで気がつく事が出来なかったようだ。
つい慌ててしまい「えぇ」と肯定してしまった。
その肯定に怪しむそぶりもみせずに「子供とは言え女性は女性。身だしなみに気をつけなければなるまい。畳んでおけば小さくなり多少手荒に使っても割れない特殊な鏡だし、もう二度と手に入らない一品だから金貨三枚でどうじゃ?」
どうやら、折り畳み式の携帯電話は手鏡扱いのようだ。この世界からすれば異世界の商品の事を気にする怪しいヤツと疑われる事を心配したが、どうやら杞憂のようだ。
ホッと安堵しながら値段を考える。
電源が入らない時点で、確実にゴミである。
更に電源が入ったとして、携帯電話基地局がない世界では使いようがない。
持っているだけで邪魔になるだけだ。
結論としてはそうであるが、もし万が一、嫌、億が一にも満たない確率でアタシが無くした携帯である可能性があるなら、取り戻したい気持ちがある。
少ないとは言え友達の電話番号と名前が入力されているのだから。
この携帯電話がアタシの物だと言う証拠は何処にもない、傷がつかないようにストラップも着けずに、自作のクッション袋に大事に仕舞っていたのだから傷一つなかったはずである。
だがこの携帯電話は傷だらけだ。
むき出しでいたならば、傷だらけになるのは当たり前だろう。
でも。
アタシは思い出を買うことにした。
電源が入らないのだから、思い出を見ることは出来ないが、アタシの物では無いと思い出を壊すことも無いだろう。
この携帯電話はアタシの無くした携帯電話と信じれは『シュレディンガーの猫』のごとく。
アタシの携帯電話でありつづけるのである。
携帯電話を見つめ続けるアタシを見てジェンターさんは
「マッキー殿が、そこまで欲しい物なら、娘と孫からの手紙も届けてくれた事もあるし、ワシも謝罪しなければなるまい。商品だからプレゼントは出来ないが、金「アタシ買います」貨……」
ジェンターさんの言葉を遮って購入の意思を伝えた。
と言うか、ジェンターさんの長話しは聴こえていたけど聞いてはいなかっただけであったのだが。
そして腰袋に入れてある金貨三枚を有無を言わさず渡す。
思い出には値段は付けられない。
ジェンターさんは焦って何か言っていたようだったが、アタシが 冒険者なのにあの程度の事で取り乱した事の謝罪も含んでいると伝えると諦めた様で受け取った。
そして改めて、謝罪の言葉を伝えた。
「ワシも子供相手に大人げなく言ってしまいすまなかった」と頭を下げてきたので
「ではお互い様ですね」
と話しを打ち切ることにした。
これで用事は済んだので出ていこうとしたら、急ぎの用事があるのかと呼び止められた。
自由気ままの一人旅なので、急ぐ事は何もないと正直に答えてしまったら。
材料、手間賃を支払うからジャムモドキをつくって欲しいと。
奥方様に、娘と孫が作っているジャムモドキを食べさせたいと言うことであった。
ジェンターさんには謝罪はしたものの、あまり良い感情は持っていなかったが、大人の対応をしようと了承した。
マリアンヌさん達の商売に支障をきたすからと言って、材料と作り方は見せないと念を押し。
厨房とビンだけを準備してもらうことにした。
市場の場所を聞き、材料をそろえてから、ぜったいに覗いてはいけませんと告げて厨房に籠った。
まるで『鶴の恩返し』みたいな前振りだなぁと思いつつも調理を進めるが、残念ながら覗きにくる人は誰もいなく完成した。
冷やすのに氷魔道具を使ったから、その分時間短縮出来た。
材料のカスを焼却して後片付けしてから、
ジャムモドキの大ビンを持って厨房を出てジェンターさんを呼ぶ。
出来た量は小ビン二つ分はあるので銀貨三枚を受け取り、三日以内に食べきって下さいとジャムモドキを渡した。
ジェンターさんは嬉しそうに受け取った後に、奥方様を呼んできた。
奥方様はカリンと言い魔術師であると名乗った。
マリアンヌさんが、そのまま年を重ねた様な品の良さが漂う知的な人であった。
ジェンターさんがアタシの紹介をする時に、手紙と一緒にジャムモドキを持ってきてくれたと言っていたので、魔道具を使って持ってきたと口裏を合わせておいた。
氷の魔道具の情報は既に聞いていたらしく、納得顔であった。
カリンさんは、パンにジャムモドキを塗り頬張ると途端に幸せそうな微笑みを浮かべた。
「こんな美味しいものは初めて食べたよ。持ってきてくれて、ありがとう」と感謝の言葉を貰えた。
その後、雑談の中で。
雑貨屋の経営は息子夫婦に任せていて、ジェンターさんとカリンさんは新しい物作りに励んでいると。
そして今は新たに発明された氷の魔道具を利用した物を考えていると言う。
一番に思い付くのは冷蔵庫だが、これは商人ギルドですぐに開発されるであろう。流通革命だと言っていたくらいだからだ。
そうすると、雑貨屋で売れる氷の魔道具だとすると。
なんでこんなに真剣に考えているのか自分でも良く分からないが、きっと携帯電話の事で気分が良いのだろう。
次に思い付くのは『かき氷』だ。
だが業務用となると氷の魔道具の生産能力ではとても追い付かない。
一般家庭用とすると氷の魔道具が高価すぎるからダメだろう。
かけるシロップも今の物ではエグ味が際立ってしまうしね。
少量の氷しか出せない事がネックで意外と良さそうな物が思い付かない。
あまりパッとしない物だが、便利そうな水筒を提案してみた。
使うときに、水と氷を発生させれば、いつでも冷えた水が飲める。この時の氷の粒は小さい物の方がすぐに冷えるから、ゴブリンの合成魔石の方が良いかもしれないと合わせて提案した。
魔道具は一つの道具に一つの魔石を使用するものである。これは道具に魔力を流す時に選択することが出来ないからだ。
だったら二つ同時に使える物にすれば良いと考えたのである。
使わない時は軽いので持ち運びに便利だから、個人用の水筒として売れるのではないのかと。
大きな魔石を使わないで済むのならギルドへ支払う使用料は抑えられるから販売額が安く出来るらしい。
さっそくカリンさんがゴブリンの魔石に『氷』を刻んできて実験した。
小さな氷が水の入ったコップに落ちてすぐに溶けて消える。
飲んでみれば冷たさを感じる。水の量を調整すれば一回分の涼を得ることが出来そうだ。
ジェンターさんは商人ギルドにさっそく開発品を登録しに行くという。
この商品の売りのポイントは低価格で涼を得ることが出来るところである。
アタシはアイデアだけだからと辞退したが、今度は逆に有無を言わさず、連れていかされ、利益の一パーセントが新たにアタシの口座に振り込まれることになった。
安くないかとは言わないで欲しい。
低価格で売り出すと聞いた商品である。アタシの取り分で価格が上がってしまったら意味がないのである。
老後の楽しみが出来たと喜んでいる二人を見てアタシも嬉しくなったのは言うまでもない。
こうしてアタシの痕跡を残す事が旅の目的の一つなのだから。




