飛び立つ鳥は誰の為
夕暮れの中でアタシは旅の食糧を買いに店を回った。
基本的に自給自足(狩り山菜収集)が出来るし、水は魔法を使えば良い。
念の為に長期保存出来る物を揃えるだけだ。
鍋とまな板はジャムモドキで購入済みだしあっという間に終った。
まだ日がある間に宿屋に着く事が出来た。
ジャムモドキの売り上げは、今日も好調であったと、宿屋の親父含め三人ともご機嫌で出迎えてくれた。
アタシは慌ただしくなる前にと思い砦から旅立つ事を告げた。
残念そうであったが、ここは宿屋。
滞在する必要が無くなれば引き払うのが当たり前。
「長期滞在ありがとうございました。またの滞在をお待ちしております」
と、丁寧に挨拶してくれた。
マリアンヌさんとエリーさんはジャムモドキについて聞きたいことがあると言うので、宿屋が忙しくなる前の間、話しを聞き出来る限りのアドバイスをしていた。
経営には関わらないと決めていたアタシはどこに行ったのやら。
夕飯を出すために、エリーさんはウエイトレスをしている。
マリアンヌさんはカウンターで宿泊客を待っているが、新規の客でもない限り部屋の鍵を渡すだけだ。
アタシはアランさん達が戻ってくるのを待つ間する事がないのでマリアンヌさんと話しをしていた。
マリアンヌさんはクルクルとテーブルの間を回っているエリーさんが気になるようであった。
一つ話しを振ればどれだけエリーさんに負担を掛けているのかと言う話しが十返ってくる。
最後は自分が邪魔にならない程度でも動けるようになれば、
元気そうに見えるが実際は心の傷が癒えていないエリーさんの心の負担が軽くなるのにと
後遺症の残る身体をうらめしそうに見ていた。
アタシは飛び立つ水鳥跡を濁しまくることにした。
マリアンヌさんに耳打ちすると、驚いた表情をした後「お願いします」と頭を下げた。
そんなタイミングでアランさん達が戻ってきた。
マリアンヌさんと話しているアタシを見てから軽く頭を下げて、鍵をマリアンヌさんから受け取ったあと、部屋に上がろうとしたところを呼び止めた。
いつもと逆パターンの成功である。
アタシは予めキープしていたテーブルに呼び寄せ。
にこやかに一番最後の報告で申し訳ないと謝り旅の続きを始める事を伝えた。
始めは要領を得ない表情であったが、意味を理解すると慌て始めた。
身分証明も得たしオークの脅威もすぐに無いことが分かったし、冒険者ギルドにはアタシへの問合せが多数寄せられているらしいからタイミングとしては今が一番良いだろうと。
キャサリンさんとジェニファーさんは、小声で「傷の無い身体に戻してくれてありがとう」と耳打ちしてきて、
ケニーさんは「姉御!何かの時には呼んでくれ。いつでも駆けつけるぞ」と大声で叫び、
アランさんは「まだ何にもお礼が出来ていないのに」と呟いていた。
出発は明日の早朝の予定だからと言い、見送りも餞別も不要と言い切ったら乗り合い馬車に乗らないのかと。
アタシの能力的に荷物は殆ど要らないし馬車は不必要だからと、その後は雑談をして過ごした。
明日は早いからと最後に握手を交わして席を立った。
部屋に戻る振りをしてマリアンヌさんに目で合図をし、アタシはいつも体操をしている裏庭に出てきた。
暫く待つと「待たせてごめんなさい」と言いつつ。
マリアンヌさんがゆっくりと現れた。
アタシは最後に小声で確認したことをもう一度聞いた。
「これから見る事は、どんな事があっても秘密。
アタシの特殊能力だからね。
情報の発信元がマリアンヌさんと分かったら、ギルドランク星三個『白い風』のマッキーの力を持って三人とも殺す。」
「いいね?」
頷くマリアンヌさん。
そして最低10日間は治ったことを隠すことを伝える。
これはイチゴモドキやシロップを食べていたら少しずつ治ってきたとアピールする為でもあり、販売促進にもつながる大事なことだ。
この甘いものは、糖分と言って少量でも食べれば脳が活性化するので、薬と言っても間違いではない、
だが薬だと言って売ってはいけない。
薬師に権利を横取りされる可能性があるからだ。
大量に食べると逆に別の病気を引き起こす可能性もある。
あくまで嗜好品だと覚えておいて欲しい。
それを踏まえて、これが一番辛い事だが家族であるエリーさんやエバンスさんにも治ったことを伝えてはいけない。
あくまでも少しずつ治ってきたと思わせるだけだ。
そうすればエリーさんは更に頑張るだろう、自分のせいで怪我をさせてしまったが、自分が怪我を治す事が出来るからだ。
これで治ればエリーさんの心はさらに救われるはずだからね。
秘密にする理由をアタシの為ではなく、エリーさんの今後の幸せの為にと、すり替える。
子供の幸せのためなら、いくらでも親は苦労を背負うことが出来るし、全てをなげうつことが出来る。
子供が怪我をしたら逆もあるかもしれないが、その時はその時に考えよう。
マリアンヌさんから「全て承知致しました。お願い致します」と
アタシはお尻から回復包帯を空中に散布するように出してマリアンヌさんに巻き付ける。
マリアンヌさんは驚愕の表情を浮かべて避けようとしたが元から身体は言うことを聞かない。
アタシのなすがままである。
包帯を巻き終った瞬間に光輝き包帯は消えた。
何かしらの治療の効果があった証である。
アタシはマリアンヌさんに終わりましたと伝えるが、放心した様に動かない。
取り合えず猫だましをすると、驚いたマリアンヌさんが飛び下がり少しふらついたが普通に着地して更に数歩後ずさった。
どうやら回復包帯で治療できたようだ。
今の動きが出来たことが信じられない様子で、身体のあちこちを動かしていたが、本当に治ったことが実感できたのか、頬を涙で濡らしていた。
暫くしてアタシの前に膝まづき、見上げる様に
「もしかして神様なのですか?」と言ってきた。
この世界の宗教は知らないし神様がどんなだか知らないから曖昧に微笑みを浮かべるだけにとどめた。
アタシの背後から回復包帯が跳び広がるのを見て神々しく感じたらしい。
利用できるなら神様も利用しよう。神様が相手なら口止めが確実に効くだろうしね。
「約束は忘れないで下さいね」と耳元で言って、アタシは先に宿に戻った。
翌朝早くに、屋根裏に隠していたアタシの背負い袋を持ち砦をあとにした。
「長いことお世話になりました」と門兵さんに頭を下げて別れを言うと。
「貴女の旅に祝福あれ」と返された。
きっと砦を出る人すべてに言っているのだろうなと思うも、なんだかこそばゆい気持ちになった。
この砦に三ヶ月くらいしか居なかった筈だが、もっと長く居たような気がするマッキーであった。




