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バー人生の交差点  作者: こうた


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第15話「朝が来る前の本音」

夜は長い。


でも、人が誰かと心を重ねられる時間は驚くほど短い。


マスターは、それを知っていた。


だからこの店では、無理に未来の話をしない。


未来を語った瞬間、夜は終わりを意識してしまうからだ。



---


タケルが店へ入った時、時計は深夜一時を回っていた。



---


「こんばんは」



---


マスターは静かに頷く。


「今日は少し遅いですね」



---


タケルは苦笑する。


「仕事が長引いて」



---


けれど本当は違う。


来るかもしれない。


そんな期待が、ずっと頭から離れなかった。



---


タケルは前と同じ席へ座る。



---


グラスが置かれる。


氷の音。


静かなジャズ。



---


その数分後。


扉が開く。



---


「やっぱりいた」



---


明るい声。


エリだった。



---


その後ろから、静かにエミも入ってくる。



---


タケルは思わず笑ってしまう。



---


エリが笑う。


「その顔、“待ってました”って顔してる」



---


「してないです」



---


「してる」



---


エミが小さく笑う。


「分かりやすいですよね」



---


タケルは困ったように視線を逸らす。



---


でも、嬉しかった。


かなり。



---


二人は自然に隣へ座る。


前と同じ並び。



---


エリはカウンターへ肘をつきながら言う。


「タケルくん、ちゃんと寝てる?」



---


「え?」



---


「なんか少し痩せた」



---


タケルは苦笑する。


「そこまで分かるんですか」



---


「分かるよ」



---


エミも静かに頷く。



---


「少し無理してますよね」



---


その言葉に、タケルは小さく息を吐く。



---


この二人は不思議だった。


会った回数なんて、まだ少ない。


でも、妙に見透かされる。



---


エリがグラスを持ちながら言う。


「真面目すぎるんだよ、タケルくん」



---


「そんなことないです」



---


「あるある」



---


エミが小さく付け足す。


「自分より周り優先するタイプ」



---


タケルは返事に詰まる。



---


図星だった。



---


昔からそうだ。


断れない。


頼まれると無理をする。


気づけば、自分のことが後回しになる。



---


エリが少しだけ真剣な目になる。


「ねえ」



---


「はい」



---


「ちゃんと甘えてる?」



---


その質問に、タケルは黙る。



---


甘える。


その感覚が、よく分からなかった。



---


エミが静かに言う。


「甘え方知らない人っていますよね」



---


エリは頷く。


「タケルくん、多分それ」



---


タケルは少し笑う。


「そんなに分かりやすいですか」



---


「うん」



---


エリはそう言いながら、自然にタケルの肩へ軽く寄りかかる。



---


柔らかい髪が触れる。


近い。



---


タケルの呼吸が少し乱れる。



---


エリは笑う。


「ほら、すぐ緊張する」



---


エミはその様子を静かに見ていた。



---


でも、その視線は冷たくない。


どこか優しい。



---


時間がゆっくり流れる。



---


二杯目。



---


店内の客は減っていく。



---


三人の空気だけが、少しずつ濃くなる。



---


エリが突然聞く。


「ねえ、タケルくん」



---


「はい」



---


「前の夜、後悔した?」



---


タケルは少し驚く。



---


でも、逃げなかった。



---


「……してないです」



---


エリは嬉しそうに笑う。



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「よかった」



---


エミはグラスを見ながら小さく言う。


「私も」



---


その言葉が静かに胸へ落ちる。



---


タケルは少しだけ勇気を出して聞く。



---


「二人は……なんで俺なんですか」



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沈黙。



---


エリとエミが、一瞬だけ視線を交わす。



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そしてエリが笑う。



---


「優しかったから」



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エミが続ける。



---


「あと、寂しそうだった」



---


タケルは何も言えない。



---


エリがグラスを回す。


「ね、タケルくん」



---


「はい」



---


「大人ってさ」



---


彼女は少し笑う。



---


「強いふり上手いだけなんだよ」



---


その言葉に、エミが静かに頷く。



---


「私たちも、結構ギリギリ」



---


タケルは初めて気づく。



---


明るいエリも。


静かなエミも。



---


ちゃんと孤独だった。



---


エリは笑いながらも、時々寂しそうな目をする。



---


エミは落ち着いて見えるのに、誰かへ触れる時だけ少し不安そうになる。



---


タケルはゆっくり言う。



---


「……二人とも、無理してますよね」



---


空気が静かに止まる。



---


エリが少し目を丸くする。



---


エミも驚いた顔をする。



---


そしてエリが笑った。



---


「やっぱり優しい」



---


今度はエミが近づく。



---


静かに。



---


そしてタケルの腕へそっと触れる。



---


「そういうところ、ずるいです」



---


左右から感じる体温。


香水。


髪。


柔らかい声。



---


タケルは、自分の鼓動がかなり速くなっているのを感じていた。



---


エリが小さく囁く。



---


「今、ドキドキしてる?」



---


「……かなり」



---


「可愛い」



---


エミは少しだけ笑う。



---


「顔赤いですね」



---


タケルはもう言い返せない。



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でも、不思議と嫌じゃなかった。



---


むしろ、安心していた。



---


誰かに受け入れられている感覚。


それを久しぶりに思い出していた。



---


閉店時間。



---


マスターが静かに言う。


「今日は冷えますね」



---


外へ出る。


夜風。


静かな街。



---


エリが腕を組む。


「寒っ」



---


そのまま自然にタケルへ近づく。



---


エミも反対側へ並ぶ。



---


三人で歩く。



---


奇妙な光景なのに、不思議と自然だった。



---


交差点。


赤信号。



---


エリがふと真面目な声で言う。



---


「ねえ、タケルくん」



---


「はい」



---


「私たち、多分また寂しくなる」



---


夜風が吹く。



---


エミが小さく目を伏せる。



---


「でも」



---


エリは少し笑う。



---


「その時、また会ってくれる?」



---


タケルは少しだけ驚く。



---


そして、ゆっくり頷いた。



---


「会います」



---


エミが小さく笑う。



---


エリは嬉しそうに目を細める。



---


信号が青になる。



---


三人は同じ方向へ歩いていく。



---


マスターは店で一人、空のグラスを見つめる。



---


「人は、寂しさだけじゃ続かない」



---


そして静かに続ける。



---


「でも、孤独を知ってる人間同士は、不思議とまた会うんですよ」



---


このバーでは、一夜だけでは終われない関係が、時々生まれる。

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