被験者の条件変更
瀬戸栞
*****
都内の高層商業ビル。
高層階部を複数使用するメガベンチャーとなった『株式会社ジェノスケープ』に大きな怒声が響く。
「——なんで被験者に天野律が入っているんだ!!!!!」
通称ブリッジエンジニアの天野尊が、デスクに叩きつけるように手をついた。
鈍い音がフロアに響く。
いつも淡々とした彼の豹変ぶりに、周囲の同僚達が固まっていた。
尊が所属するゲノムチームのチーフディレクター栞は、努めて冷静な声で言った。
「…天野君がアメリカにいる間に、被験者の対象が変わったの。」
アメリカのゲノムベンチャーを買収する目的でチームメンバー数人と現地入りしていた尊が、ミーティングをすっぽかして日本へとんぼ返りしたと連絡を受けたのは昨夜遅く。
ホテルに荷物を置いたままだというから、彼がどんな気持ちでここにいるかはわかっている。
鎮痛な面持ちで告げる栞を睨みつけながら、尊は栞のデスクに両手をついた。
「でも対象者は“肉親のいない若者”でしたよね!?…律は…律には叔父の俺がいるでしょう!」
「その“肉親”の定義が変わったのよ。」
「……は?」
「…“肉親”が明確に定義されて、“二親等以内に家族のいない若者”になったの。」
「……二親等……」
叔父と姪である彼らの関係は“三親等”。
「…俺が…律を養子にしていれば…」
消え入りそうな声で尊は呟いた。
*****
表向き、私達ジェノスケープ社のサービス内容は主に遺伝子検査の販売だ。
検査を受けることにより、自分自身の全ゲノム情報を保持でき、すでに公開されている全世界のエビデンスと即時照合が可能で、自分の特性や罹患しやすい病気の情報が取得可能になるというものだ。
だが実際は、裏で日本政府より秘密裏に託された重要任務を担っている。
絶対他言無用の国家機密。
きっかけは数年前から観測されている、ある自然現象を分析した結果、温暖化が急速に進み、数年後には日本列島の30パーセント強が海に沈む試算が出た。
予測されるのは全世界規模の大飢饉だった。
国土への打撃は計り知れず、海外からの援助も当てに出来ないだろう。
早急な高台への住民移動及びスマートシティ化の推進が必要となり、残る陸地では全人口の営みを機能させるにはとても不十分なのは火を見るより明らかだった。
誰を切り誰を残すかの論争が繰り返され、やむを得ず閣議決定された、“人口を減らす秘密の計画”。
国民の知らないうちに水面下でその試験運用が始まった。
人権を無視せず、穏便に。
もはや若者を中心とした文化となりつつある異世界転移を、擬似的に行う。
脳を残し、異世界風メタバース内にゲノムデータで人を構築し擬似的に“転移”させる。
その架空世界にて帰属意識を根付かせ『本人の希望で』肉体を捨てることに合意させるという、鬼畜めいた苦肉の策だ。
そして試験運用の被験者はランダムに選ばれる”肉親のいない若者”のはずだった。
——その条件の変更が、たった一人の人生を大きく狂わせたのだ。
ジェノスケープ社
GENOSCAPE (:Genome + Landscape)
⇒ゲノムの全景を解析・俯瞰するという意味の社名




