交渉の代償
トカゲ男の変化に、律はわずかに口元を緩めた。
——だが、腕時計にかけた手を止める。
檻を一瞥し、トカゲ男を冷たく見据える。
律の視線に気がついたトカゲ男は急いで檻を開け、あの子に出るよう指示した。
檻から出されたあの子は、何かを考えるようにじっと律を見つめていた。
……奏。そう呼びそうになって、律は目を伏せた。
静かに息を吐き、律は空を見上げる。
太陽が高い位置で輝いていた。
「この時計の真髄は交渉成立後に教えましょう」
たっぷりと余裕を持たせた動きで、恭しく時計を差し出す。
微弱ながら恐ろしく正確な振動に、トカゲ男の指先がびくりと震える。
表面の美しいガラスに醜い顔が映り、己の罪悪を突きつけられる気さえした。
持つ手が震え、その手つきはどこか祈るようだ。
もはやトカゲ男には、律の提示する条件を飲み込むだけしか残されていなかった。
金銭の入った袋を受け取った律は、重みを確かめるように軽く揺らした。
重量のある音に安堵する。
その横では大柄な用心棒に奴隷の鎖を解かれたあの子が、くぅっと鳴いたおなかをさすっている。
律は微笑み、ゆっくりと手を差し伸べた。
「行こう、カナデ。」
うっかり名前をそう呼んでしまった律だったが、獣人の子は気にする様子もなく、はにかんでコクリとうなずいた。
おずおずとのせられた手は温かく、優しく握ると″カナデ″は恐る恐る握り返してきた。
——その温もりに、視界がわずかに滲んだ。
最後に律は、一歩も動けないでいるトカゲ男の耳元で囁いた。
「太陽の光を閉じ込め、闇夜で光る灯火となります。ぜひ暗いところで見てください。」
信じがたいものを見る目で律を凝視したトカゲ男は、弾かれたようにテントに走る。
律はカナデの手を引き、気遣いながらゆっくり歩き出す。
遠くから感嘆の雄叫びが聞こえたが、律が振り返ることはなかった。




