奴隷商との交渉
話しかけてきたトカゲ男の腰には錆びた鍵とナイフがぶら下がっている。
映画で観た『ヴェニスの商人』を思わせる装いだ。
トカゲ男は律を上から下までじっくりと観察してきた。
特にパーカーのチャック部分とスニーカーを入念に見ている気がする。
「ふむ。初めて見る技法を使った衣服ですね。実に興味深い…」
「……」
返事は返さない。
バイト代わりに開発案件をいくつか取ってきたが、初めの交渉が一番大事だと痛いほど学んできた。
「ああ、失礼しました。わたくし、奴隷商のラガルヒセと申します。」
恭しく礼をするトカゲ男を一瞥する。
舐められてはいけない。
こちらの条件を悟られてもいけない。
じゃないと安く買い叩かれるからだ。
「ふふ。そう警戒なさらないでください。奴隷は初めてで?」
「…いえ。前のは全然使えなくて。」
ハッタリをかます。
私には手持ちがない。
そもそもこの世界に通貨があるのかもわからない。
相場も何もわからない今は、とにかく判断材料が欲しい。
「それならこちらはお勧めしませんね。腕力も弱いですし、痩せすぎで器量も良くない。」
「そうですか。それは残念。」
弟を貶されているようで胸が痛い。でも、もう少し情報が必要だ。
興味をなくした風を装い、ほかのテントに目を移す。
トカゲ男が少し慌てて話を変える。
「お嬢様。失礼ながら少々お聞きしても?」
「…どうぞ。」
一拍置いて、視線を外す。
……食いついた。
「随分変わったお召し物ですが、どちらのもので?」
「日本製です」
「ニホン製?」
「遠い国だそうです。すごい技術ですよね。」
震えそうな指先に力を込め、見せつけるようにチャックをなでる。
「…お譲りしましょうか?」
トカゲ男が目を見開き驚いた。
「!…そんな貴重なものをいいんですか?」
「構いません。」
「ふふ。ありがとうございます。では、いくらお支払いしましょうか?」
「それなら、この子と交換で。」
その瞬間、トカゲ男の瞳孔が一気に細まった。
「…なるほど。…いやいや、非常に残念ですがやめておきます。この奴隷は無能ですが、キツネ族は価値が高いのです。」
ふふふと声を上げながら、いやらしく笑うトカゲ男。
失敗した。悟られた。
焦りが出てしまった。
「いやいやいや、お嬢様。こちらの奴隷がいたく気に入られたようで。ふふふ。お安くしておきますよ。」
獲物を見つけたと言わんばかりの顔に、嫌悪感が募る。
(叔父さん…)
左手首をそっと撫でる。そこにある硬質な質感に涙が出そうになる。
(ごめんなさい…)
意を決し、口元を隠す仕草を装ってトカゲ男にそれを見せつける。
トカゲ男の目が見開かれ、取り繕った仮面が剥がれるように驚愕していた。
カシオ オシアナス
叔父さんが高専の合格祝いにくれた宝物。
光を受けて、青が静かに揺れた。
光の当たり方で表情を変える盤面は、神秘的な魔法のように見えるだろう。
無駄のない、研ぎ澄まされた形。
『こういう精密な仕事ができるような人間を目指せよ。…兄貴の受け売りだけど。』
少し年季の入った、同じ腕時計を愛しそうに撫でながら、『これはあげられなくてごめんな』と叔父さんは眉毛を下げて笑っていた。
できれば手放したくなかった。
でも他に手段はない。
「…それは…魔道具…?」
トカゲ男が震える声を出す。
その視線が、腕から離れない。
いける。形勢逆転できた。
「これは光を糧に動く時計。寸分の狂いもなく時を刻み続けます。…詳しく知りたいですか?」
あの子をチラリと見ると、キョトンとした顔で私たちのやりとりを見ていた。
奏でも奏じゃなくてもどちらでも構わない。
ただ、その鎖を外してあげたい。
「…ええ…ぜひ…お聞かせください…」
——勝った。
トカゲ男のごくりと喉を鳴らした音が、やけに大きく響いた。




