ありがとうの先
海の見える高台に、最近リノベーションした古民家がある。
「高度30、風速2.1。K-04、散布シークエンス開始——」
無骨なタフネス・タブレットを操作しながら尊が呟く。
空には、六つのローターを持つ数機のドローンが、美しい幾何学模様を描きながら編隊飛行していた。
「……尊くん。自動化してるなら、そんなに張り付いてなくてもいいのに」
「栞さん。最後は目で見なきゃ、土の機嫌は分かんないんですよ。」
尊はそう言って、泥のついた長靴で地面を踏んだ。
尊と栞は律が戻った後、新しい仕事を始めていた。
尊が栞を、ここに誘ったのだ。
農薬の散布、土壌の栄養解析、そして収穫。
尊が設計したシステムによって、荒れ果てた斜面は見違えるように整えられていた。
「深見から連絡が来たけど、完全にゲノムセンターに移籍するって。」
「あー。あの人なら、そうしますよね。」
ああ見えて責任感の強い深見は、『AI含め、今後は自分がしっかり管理する』と断言していた。
出向では限界があったのだろう。
「律ちゃんは?」
「律はまだ墓参りです」
「そう。昨日卒業式だったからね。」
お墓のある方を見て、二人は穏やかに笑った。
*****
律は家の少し先、海が一望できる開けた場所に立っていた。
そこには、新しく建てられた小さな墓石がある。
中に収めたのは、両親の結婚指輪と、あの絵本だけ。
「学校、ちゃんと終わったよ」
道すがら摘んできた花を手向け、律は墓石に微笑む。
「ついていくの、本当に…本当に…すごく、すごーく、大変だった!」
ふふっと、照れくさそうに律は笑った。
(でも、いつも叔父さんが支えてくれた)
「……それでね。昨日、ちゃんと家族になったの。」
一枚の書類を取り出して、そっと見せる。
「だから……安心してね……」
頬から伝う涙を、風が優しく撫でていく。
「……帰してくれて……ありがとう、奏。」
律はしゃがんで、墓石を撫でる。
——大好きだよ——
律の声も、柔らかな海の音に溶けていった。




