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チュートリアルで死ねと言われた ——最適化された檻から、デバッグを。  作者: 忘却セミコロン


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14/20

脳内8倍速と、帰れない世界の設計者

国立ゲノム医療研究センター 未登録区画

意識移行・定着室

*****


【定着室】の中央に置かれたNTEC(神経熱交換クレードル)は、まるで未来の棺桶だ。


鈍く光る銀色の台座に、律は横たえられている。


彼女の頭部を覆う重厚なヘルメット状の冷却ユニット。そこからびっしりと白い霜が降りた太いパイプが複数伸び、液体窒素に近い冷媒が絶え間なく循環している。



【Neural Stabilization:Active】

【Subjective Time Scale:4.3x】

【Emotional Variance:0.01】

【Retention rate:17.4%】

【Brain temperature:28.0℃】



モニターに映し出される彼女の脳温は、通常の生命活動では維持が困難な28.0℃まで引き下げられていた。


加速する思考、沸騰しようとするニューロン。

それをシステムが無理やり静寂へと押さえつける。





波形を追い、研究員達が確認しながら作業していた。





その中に1人、黒のオーバーサイズシャツを羽織り髪をラフに崩した、少し軽薄な雰囲気の男がモニターではなく律の顔を見ていた





「天野りっちゃん、ね。かぁ〜わい〜。」





ジェノスケープ社から出向中のUXデザイナー、深見透也(ふかみ とうや)だ。





モニターの経過を見ていた研究員が報告する。

「深見さん、【19】の定着率は17.4%です。」


「ふーん、随分低いねぇ。警戒心が強いのか…異世界を信じてない感じかな?馴染むのに時間がかかりそう?」


「はい。進行スピードを上げますか?」


「う〜ん。拘束期間が1週間しかないから…とりあえず今の4を……8倍くらいにしようか。」


「了解。脳内加速、定常値の8\times(8倍速)へ移行。」






【Subjective Time Scale:8.1x】






頭の中に異世界を直接描写(レンダリング)するため、時間経過も現実と乖離する。


過度な加速は発熱を招き、冷却が追いつかなければ脳は焼き切れる。


今回は春休み期間の1週間と聞いているので、急ぐ必要がある。





「可愛い子にあまり負担かけたくないんだけど…ごめんねぇ。早めに異世界(あっち)に沼っちゃって。」





深見の仕事は、被験者の“体験”を設計することだ。


依存させる。だが、帰還ルートだけは残す。


戻れるようにしておかないと、肉体放棄への同意が取れていないとみなされるから。





——もっとも、実際に戻る者はほとんどいないが。





異世界でのできごとの大半は、深見が事前に作った設計を基にAIが制御しているが、彼は微調整が必要な時に介入できる権限を持っていた。





「お。定着率がいきなり5%上がったね。ちゃんと【カナデ】と接触できたかな。」


「そのようです」


「チョロいな〜、りっちゃん。……もっと警戒しなよ。」





家族を失った被験者にとって、最も強く刺さるアンカーは“家族”だ。


それに似た存在と出会えば、あちらに依存するのは時間の問題だった。





放火による火事で、突然家族を失った少女。

きっと残酷な現実より、家族がいる嘘の世界の方が幸せだろう。





律の指先が、ほんのわずかに動く。

何かを掴もうとするように。


あるいは——


どこか別の場所で、誰かに触れているかのように。





「幸せになってね。」





律から目を逸らし、深見は呟いた。





モニターの定着率が、ゆっくりと上昇していた。





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