もう、遅かった
甘い香りがあたりを漂い、律の頭はぼんやりしてきた。
目の前のカップから立ち昇る湯気から目が離せなくなる。
(喉が渇いたな…)
こんなにも喉が渇いているのに、なぜ自分は手を伸ばすことを拒否しているのか…段々わからなくなる。
その様子を見下ろしていた女性が律に囁く。
「さあ。冷めないうちに、どうぞ」
「…いただきます…」
ごくり。
紅茶が喉を通る。
…甘い。
——甘すぎる。
その瞬間——
ブブッ、とポケットの中でスマートフォンが震えた。
おぼつかない手で取り出し、画面を見る。
『天野 尊』
(……叔父さん……)
通話ボタンを押す。
「もしもし——」
『律!!今すぐそこから出ろ!!!』
鼓膜を叩く怒声。
「え…?」
『出されても何も飲むな!!!』
一瞬、理解が追いつかない。
カップは——
もう、空だった。
『律!!律!!とにかく逃げ——』
「院内での通信はご遠慮ください」
律の携帯を女性が取り上げた。
「返してください…叔父さんがまだ…」
律は女性の腕を掴むが、ビクともしない。
『アンドロイド…!?クソが、もうそこまで進んでるのか!!』
尊の必死な声に焦りだけが募るが、徐々に視界がボヤけてくる。
目の焦点が合わなくなり、やがて視界が色褪せていく。
「…叔父さん…ごめんなさい…」
『律!?律!!しっかりしろ!!聞こえるか!?』
尊が悲痛な声で叫んでいるが、もう目を開けていられない。
『いいか、律!!チュートリアル前に死ぬんだ!!じゃないと帰れなくなる!!いいか!!絶対に戻ってこい!!!!』
尊の声が遠ざかる。
——そこで、途切れた。




