ミズガルズの貴族は浪費家ばかりです───ナニワの令嬢にようやく運気が回ってきたようです。
「うわっアッツ……ちょ、中の空気追い出してー」
蒸し蒸しとする馬車の中。倉庫の中に入れてこの暑さというのだからどうしようもない。私はパンカ(天井うちわ)の紐を引っ張りながら、窓の外に目をやった。
「店の前には冷風大鞴があるはずや。なんとかそこまで、行って涼もう。馬は大丈夫そうか」
私はミヤハに訊くと、彼女は御者と話をつけて来てこちらに戻ってくる。
「少しの距離なら大丈夫だそうです」
馬が暑さに弱いせいで、長距離移動はできへん。けど、ここからフラッペの店までなら問題ないみたいやな。
「よっしゃ、行こう」
馬車に乗り込む直前、邸の前にしつらえたプールで遊ぶ貴族のオッサンたちが、こちらに呑気に手を振ってきた。その傍らには、使用人たちが必死にペダルを踏む冷風大鞴の姿がある。
「アイツらぁ……私があっつい馬車でパシリに走らされとんのに、プールに冷風大鞴とはええ御身分やないか。水やって貴重品やっちゅうのに……」
氷の融解と共に「機会損失」の音がパチパチと鳴る。
「……サーシャ様、あの方々は一応、公爵や伯爵といったサーシャ様より上の御身分です。不敬が過ぎますよ」
「わかっとるわ。……ぐぬぬぬぬ、私が一番下っ端やから文句も言えへんのが癪やわ」
ミヤハの言う通り、ミズガルズの貴族にとって散財こそが美徳。金は貯めるもんやなくて使うもん、という連中や。バイカル家が物流を握ってデカくなれたのも、ある種こうした連中の「無頓着な浪費」という名の皺寄せを、利益として吸い上げてきた結果とも言えた。
「……金を稼ぐことは悪とかいう変な思想が蔓延させとるのは、そもそもあいつらのせいやからな。ミズガルズ王国が貧しいのは思想の問題や」
「サーシャ様、それ以上は控えられた方がよろしいかと」
「私とアンタ以外聞いてへん。こんなこと、外部で口走れるかって……ったく」
馬車が邸を出る。窓を閉めていても、入り込んでくるのは熱帯特有のまとわりつくような熱風だけ。私はピシャリと窓を閉ざした。
「ヨトゥンヘイム卿は違うのでは? あの御方もよく働かれますが」
ミヤハの問いに、私は鼻で笑う。
「あの人はまた別の意味で金使い荒いやん。手に入った金は一銭も残さず軍事投資───食料か、兵士の育成か、武器の生産に消える。たまにサウナや食堂を改修したと思ったら、残りは全部食料!……それがヨトゥンヘイム領の全キャッシュフローや」
「よくそれで滅びませんでしたよね、ヨトゥンヘイム領」
窓越しに外を見ながら、ミヤハがおかしそうに笑う。農耕文化より前の、狩猟採集と略奪防衛に全振りしたような歪な経済モデルやからな。
「戦争相手が贅沢にうつつを抜かしてる間に、フロストは軍の強化ばっかりしてるからな。でもその裏には負けたら一族郎党処刑確定っていう、『詰み』の状況が常にあるからや。……ある意味、時代があの領地を生んだと言っても過言やないやろうな。……ああぁ、それにしてもアチィわ!」
「言わないでください。難しい話で暑さを思考の外に弾き出していたのに」
「へァ……でも、もうそろそろ着くで。冷風が私たちを待ってる!」
馬車の窓の外、通り過ぎる商店の軒先には、あちこちでバイトの子供らが冷風大鞴のペダルをリズムよく踏んでいた。
かつては自然の恵みやった冷気が、今やうちの独占ライセンスによって、金で買える「日常のインフラ」へと完全に浸透している光景。ペダルが踏まれるたび、私の金庫に特許料が「チャリン、チャリン」と降り積もる音が聞こえるようやった。
「先についたら、自分たちの分を先に食べちゃいません? 暑すぎます」
「ええで。ついてきた護衛の人らにも全員振る舞ったるわ。このクッソ蒸し暑い中、私を守ってくれてるんやからな。……しばらく涼んでから帰ろう」
「よろしいので?」
「急いで帰る必要もないやろ。あいつらは邸で冷風大鞴を独占しとるんやし。……これもうちの『福利厚生コスト』やと思えば腹も立たんわ」
この調子なら、今月もヴァナヘイムの売上は過去最高を更新できそうや。 ……あとは、なんとかして「エルフの村」に入る方法さえあれば、万事解決なんやけど。かれこれ三ヶ月以上粘っても、あそこの門番はテコでも動かへん。
(エルフの村に入るのは、ほんまに無理なんやろうか……)
そんな考えが頭をよぎった時、馬車がフラッペの店先に到着した。 見れば、何やら揉め事か人だかりができている。
「なんや、野次馬かいな」
私が馬車から降りると、モーゼの十戒のように人だかりが割れた。 その中心に立ち尽くしていたのは……。
「エルフ……?」
見間違えるはずもない。 三ヶ月の間、私を頑なにエルフの村へ通そうとしなかった、あの門番のエルフやった。
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