ナニワの令嬢はフラッペを買いに商業エリアへ───ウルスラもやってきたようです。
兄アリステアとの密談が終わった一カ月後。
私の邸はミズガルズの貴族で溢れていた。
「なんでこんなことになった……」
私は邸の各所でお茶会を開く貴族たちと、手元で空になった茶葉の箱を見て唸った。
───ことの発端は、この一ヵ月の間に兄さんは私と何度も手紙のやり取りをしながら妥協点を探り合い、結果的にドワーフ国の調略に成功したことから始まる。
兄さんは、ドワーフの連中に「ミズガルズに味方するよりも、ヨトゥンヘイムを味方につけた方が、利益になる───主にオリエントの香辛料や武器の流通シェア拡大に大きく貢献する」と経済的な合理性を突きつけたらしい。
ミズガルズ王家は既に兵器を購入した相手。私はそんなビジネスパートナーを、兄さんの口先一つで引き裂けるのか少し心配ではあったけど、ドワーフの国は『次の顧客としてヨトゥンヘイムに兵器を売りたい』と言い出しているらしく、寝返りは用意に叶ったとのこと。
ドワーフにとってどちらにも兵器を売れればいいという、なんとも信用ならない相手ということが、今回の一件で私たち人間が知り得た教訓やった。
兄さんの手紙と、比較的攻撃の手が止んだフロストからの手紙でそれを聞いた時、私は初めて兄さんがこちらにちゃんと寝返ったのだと確信が持てた。
どっかで裏切った瞬間に、アリステアには“不幸な事故”におうてもらうつもりやったけど。今回ばかりは、兄さんがちゃんと動いてくれたようで何よりやった。
……もしかしたら幾つも未来を見た結果、諦めて私に協力してくれる気になったんかもしれんけど。そこは私の知り得ぬこと。
───兎にも角にも、戦況はこちらが優勢になった。
このまま城壁の内側に立て籠っていれば、ミズガルズ軍も攻めあぐねるやろう。そう思ってた矢先のこと。
「あっ、サーシャ発見。また書斎に籠ってたのぉ~?」
そう言って来るのは、マリーン・ヴェイルの領主の娘こと、ウルスラ。なぜ彼女を含めた貴族が私の邸にこんなにも跋扈しているのか。それはある一通の手紙がきっかけやった。
『戦火に巻き込まれそうだから、そっちに行ってもいいー?』
『おけ。』
端的に言えば、そんな私達の軽い手紙のやり取りやったはずなのに。
気づけば大事に発展していた。
「ウルスラ、手紙じゃアンタだけやと思ってんやけど」
私はその受け皿となるように、ヴァナヘイムでミズガルズから逃げて来た、うちの派閥の貴族たち“ほぼ全員”の避難所となっていた。
「まぁ~私もそのつもりだったんだけどさー。逃げる準備してたら、何処から嗅ぎつけてきたのか、貴族のお友達みんな『連れて行って下さい』って、言われちゃってー。みんなヨトゥンヘイムでヨトゥンヘイム卿に忠誠を誓った貴族なんでしょー?」
しょうがないから連れてきてあげたよー。と、ウルスラに言われて、私は項垂れた。
確かに彼らは『大憲章』の際に協力をしてくれることになっている貴族たち。
私も死なれては困る客人たちやった。
「せやけど……こっちの王様に恩を売るのは怖いでぇ……」
急場で作られている貴族たちの邸宅。それを二言返事で承諾してくれたのは、あのキャスパリーグ王やった。
「親愛なるヨトゥンヘイム卿傘下の貴族であるならば、ぜひ、儂とも友人になってほしい。この通り毛むくじゃらではあるが、親愛なる隣人と思って、なんでも相談してくれ。ササッ、ササッ……!」
持ち前の気前の良さと明るさで、瞬く間に貴族たちを垂らし込んだキャスパリーグ王。平民上がりの王様やから貴族の転がし方も熟知しとった。
あのデブ猫が“親愛”などと口にする時は裏があるというのに、貴族連中は毒饅頭を食べさせられているとも知らず、次々に王にお願いをしてしまっているのが現状やった。
家、食事、服、家財に至るまで。貴族たちは各々がキャスパリーグ王にワガママを言い、そのせいで邸の建築が遅れている状況に。
おかげで私の邸にも、アリステア兄さんの邸にも大勢の貴族が寝泊まりするまでになっていた。
この貴族たちが使った出費に関してはこちらで念入りに帳簿をつけてある。きっとキャスパリーグ王は貴族たちが帰国しようとする時に、この溜まりに溜まった支払いを出国量として徴収してくる気や。
仮にもし、支払いが出来なければその時は簡単。出国費が出来るまで、貴族はヴァナヘイムの人質になる。ロハより怖いもんはないと、その時になって貴族連中は知ることになるやろう。
その内の一人が今、私の書斎で騒がしくしているウルスラやった。
「ワタシ~、巷でそれなりに流行ってるって噂のフラッペ食べたーい。買ってきて~」
「アンタ私をパシリにする気か?」
「お金出すからー。おーねーがーいー」
このままずっと書斎におられたら私も仕事が出来へんし、ミヤハにお使い頼もうかと思ったら、ミヤハもこっちをジトッとした目でみとった。どうやら嫌な予感を察したらしい。
「むぅ……しゃあないか。気分転換に散歩してくるわ。帰り道に人数分買って来るから、他にも欲しい人おったら出かける前に教えて」
「ワーイ!」
パタパタパタ、とスリッパで書斎を掛けて行くウルスラ。私は大幅に予定を修正して、護衛を連れ、真夏の炎天下に馬車へ乗り込んだ。
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