お兄さんは誰が覇権を握るべきか考えているようです
「あの人の凄みは、情を完璧に業務から切り離している点にある。これは意外に難しいことだ。どうしても人である以上、戦う理由に感情は持ち上げやすい」
兄さんはフロストをそう高く評価すると、隣に座る使用人から取り分けてもらったマメカレーをスプーンで口に運び、ふと───。
「この戦争はあと半年で終わる」
ごっくん、と飲み干した兄はそんな戦場予報をあっさりと吐いた。危うく聞き逃しそうになるほど大事な予測に、私のスプーンも思わず止まる。
「半年後に……?」
「そうさ。丁度、戦争が始まって今は二ヵ月ぐらいだっけ? まぁ、なんでもいいや。これから先、夏から秋にかけてドワーフの飛行船は天候で撤退せざるを得ない。そうだろ?」
兄さんがヨトゥンヘイム領にやってくる台風のことを知ってるやと?
……マズいな。それ用の作戦があるなら、フロストはごっつ困るで。
「ヨトゥンヘイム領は天然の要塞やからな」
「違いない。それに地上部隊も苦しい戦いを強いられるだろう。その後に訪れるのはヨトゥンヘイム領の冬だ。とてもじゃないが、ミズガルズの人間では太刀打ちできまい」
兄さんは次に、別の使用人の前に置かれたキーマカレーへとスプーンを伸ばす。 一口。ただそれだけを味わい、また別の皿へ。お皿に小分けにしてもらえばいいのに、相変わらずズボラというか、なんというか。お行儀が悪い。
「ドワーフ国からの援助があるやん。そのバックにはアンタもおる。資金面でいえば盤石やろ」
「戦争は人がいて成立する。ドワーフは武器を売るだけだ。直接の派兵はしない。どれだけ強力な武器があろうと、引き金を引く兵士が消えれば戦争は物理的に終了する」
兄さんは最後の一口として、バターチキンカレーを丁寧に掬った。その動作には一点の迷いも、無駄な感情の揺れもない。兄さんは人の恨みってもんを軽く見積もってるように思えて仕方がない。
世の中、そんな自分の中に明確な線引きができる人間の方が珍しい。
きっとそんな早期決着はつかへん。ズルズルと大量に無駄死にが増えるに決まっとる。
「ジョンはフロストと違って、利口な人間やない。ミズガルズ王家は最後まで抗う。これは百パーセントや。あいつらは絶対に諦めへん」
私は知っている。彼らは感情で動く生物だ。そういう人間は死ぬまで止まらない。動機が理屈じゃないからや。しかし兄さんはそれに首を横に振った。
「王家に戦う意志があろうとなかろうと関係ない。兵士が攻められなくなった時点で、戦争は終了する。これは王家が敗北を認めるかどうかの話じゃない。周辺諸国が、どちらに『主権』を認めるか見定めるためのショーなんだ」
兄さんは使い終わった銀のスプーンを、紙ナプキンの上に音もなく置いた。食事は終わった。 彼にとって、この戦争という名の「プレゼンテーション」もまた、すでに結論の出た終わった仕事らしい。
「最後に兄さんに訊きたい。……兄さんの狙いはミズガルズ王家を滅ぼすことにあるんか?」
単刀直入に、私は一般市民代表みたいな兄さんの顔を見てお尋ねした。
「それだと三角、当たらずも遠からずと言ったところだ。僕はミズガルズ王家を滅ぼすつもりでいるが、同時にヨトゥンヘイムも弱体化して欲しいと考えている」
兄さんの言葉に、私は疑問符を浮かべた。ヨトゥンヘイム領はミズガルズ王家弱体化のためにぶつけられた障壁であって、兄さんがヨトゥンヘイム領を弱体化する理由が分からんかったからや。
「なんでや。私達がそんなに邪魔なんか?」
兄さんは目を細め、忌々しそうに私を見てから笑いを浮かべた。
「サーシャ、お前のせいだ。お前が氷を売り始めたせいで、世界があの土地の価値を認めてしまった。かつては蛮族の地。今は氷という新資源の宝の山だ。ここで一度、削っておかなければ後々僕が困る」
「困るって何が?」
白々しく、訊いてみる。私も兄が何を恐れているのか薄々気が付いてはいた。
「フロストさんがルールを作る側になってもらっては困る。一領主の独断で世界の規格が決まることを、僕は望まない」
「フロストが世界の覇権を握ることが不満なんか?」
そう訊いた私の顔をみて、兄さんは心底面倒くさそうに、言いたくなさそうに眉を顰めた。
「……正確には、その背後にいるお前だ。お前がフロストさんを操り、すべての規格をお前の都合の良いように書き換えてしまう。それが一番の恐怖だ」
「そんなわけ……」
「しないと言い切れるか? これまで、あらゆる前提を覆してきたお前が」
するでしょうな。ええ、私なら必ず私に都合のいい世界を作りますとも。兄さんやって、目的地は一緒でしょ。お互いにそんなことは言わへんけど。
「兄さんは私にビビり過ぎや」
「ビビッて当然。僕は『普通』な側の人間だ。それにお前の恐ろしさを間近に見て来た生き証人なんだぜ」
兄さんは使用人が食事を済ませたのをみて、満足気に皿を下げさせる。使用人達は食べ終わる時間まで完璧に一致していた。
「僕は出現した場所のルールを勝手に書き換えたりしない。あくまで、既存の枠組みの中でルールを作る。お前とは違う」
「似たようなもんやろ」
「全然違う。僕のやり方は人間的だ。でも、お前のやり方はどこか人外じみていて気味が悪い。別世界の知識で侵略されている気分だ。天才というのはつくづく見ていて気分が悪い」
兄さんは立ち上がり、椅子を正確な位置に戻した。私は最後の一口となったぬるいラッシーを飲み干す。 空になったグラスが、テーブルの上でカタンと乾いた音を立てた。
「天才ねぇ……まぁ、ならその天才の話を一つ訊いて戴きましょうか」
店を出て行こうとする兄さんに、私は待ったをかける。
「メインディッシュが終わった後は、当然デザートの時間や。兄さん、私のデザート───食べてもらえますか?」
「お前も何か用意してきたということか。……良いだろう、聞いてやる」
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