手紙を差し止めたのは一体誰?───ナニワの令嬢はとりあえず、商談に出向くようです。
フロストからの手紙を読み、状況を把握したサーシャ。
ドワーフの国が飛行船を開発したということを把握したサーシャは、このままでは良くない状況に傾くと判断する。手紙を読み終えたサーシャがとった行動とは……。
「空飛ぶ箱……白い鯨……なるほどな。ドワーフの国が作ったんは、間違いなく『飛行船』や」
私は読み終えた手紙を、自室の金庫へと手早く放り込んだ。この紙切れは、世界で初めて「空の暴力」を目撃した者の生の声。未来の歴史家のために残しておいたるわ。私たちが、どれだけ理不尽な相手と銭を奪い合ってたか……その証拠としてな。
「サーシャ様、これからどうなさいますか? 急いで帰り支度を整えましょうか」
ミヤハが心配そうに私を見る。ヨトゥンヘイム領で留守中のシュガーライクのことが気になってしゃあないんやろう。
「いいや、ここで出来ることがまだある。……もしかしたら、この戦争そのものを止めることだってできるかもしれん」
「えっ……どうやって、ですか?」
「商売の常套手段や。相手の補給路を断つか……敵を寝返らせるか」
「そんなに簡単にいきます?」
「簡単なわけあるかい。けど、何もせんよりマシって話。今の敵はミズガルズ王国とドワーフの国や。ミズガルズとは組めんとなれば、残る相手はただ一つ」
私の言い方で察したらしい。ミヤハの顔が、キュッと引き締まった。
「ドワーフの国……すると、アリステア様とお話しされるのですね?」
神妙な面持ちで訊いてくるミヤハ。お話するもなにも、元からあった予定や。話の規模が個人間の取引から国家の存亡にシフトした程度のこと。
私にとってどちらも兄を相手にすると言うことに変わりはない。
「せや。兄さんをカレー屋に誘うわ。個室で、誰にも邪魔されんと『密談』できる場所を探して」
「畏まりました」
音もなくミヤハが部屋を出て行き、開け放たれた扉から南国特有の湿った熱気が流れ込んでくる。私は窓辺の椅子に深く腰掛け、兄さんとの会話のシミュレーションを脳内で開始しようとしたところを。
「姉様。一つ、よろしいでしょうか」
部屋に残っていたヴィーダルが止めた。
「どうしたんヴィーダル。まだ何か気になるんか?」
「はい。一体誰が、何のために、フロスト様の手紙を検閲室に差し止めていたのか……と思いまして」
流れる数秒の沈黙。ヴィーダルの考えは当然私の中にもある。ただそれを今安直に決めてしまうのは、やや早計に思えた。私は少し思案した後に、ヴィーダルの心配が拭えるようにいくつか候補を提示してやる。
「……一番怪しいんは、キャスパリーグ王やな。あの人は老獪や。ヨトゥンヘイムが滅びれば、フロストに作った借りを返さんで済むし、大公の件もチャラにできる」
「ですが、お会いになるアリステア様という可能性も……」
「兄さんも否定できへんな。あの人は舌が何枚もある。ミズガルズに情報を売るメリットがあれば、平気で裏切るやろう。せやけど、商人としてはお得意様をわざわざ潰すほどのメリットがあるとは考えにくい」
私が介入して、予定調和の戦争を壊すことを嫌った誰か。あるいは、単に情報の価値を釣り上げるために「遅延」させたい誰か。
「……兄さんも十分に考えられる。……けど、あの人はこんな馬鹿やないと思う」
「……馬鹿というのは?」
「兄さんは情報さえあれば、高度な予測を立てるのが得意な人や。フロストの手紙を兄さんが手に入れたんなら、すぐにあの手紙の内容から未来を予測して手を打つ。手紙だってわざわざ検閲室に残す理由がない」
「ああ、逆に検閲室に手紙を残す必要があったということですか?」
「勝手に動いて、その責任が取れん人がとった行動……のように私には見える。だからもしかしたら、私らの知らない第三者の可能性だってあるってことや」
「……そうか確かに。……視野が狭くなっていました。勉強になります」
「かまへん。次の商談はある意味、グレーゾーンの兄さんに白確を出しに行くためのもの。話をしながら、そこら辺を見極めんとな」
その後、昼食を取って暫くした後のこと。廊下を走る足音が聞こえ、ミヤハが勢いよく扉を叩いた。
「サーシャ様! アリステア様より返答が! 今日の夜、時間が取れるとのことです!」
「なんやと……⁉」
時計を見れば、すでにお昼の三時。兄さんの準備は三分で終わっても、私の準備は三分では終わらん。時間はギリギリやった。
「今日の夜……!? あわわわ、急がなあかんやんか! 風呂入って、化粧して、ドレス選んで……! ミヤハ、総出で準備や!……あ、いや兄さんやし別ええか」
「何を言っているんですか。国の命運がかかった大事な商談です。しっかりとオシャレをして行きますよ」
「ウへぇ……急すぎるやろ、兄さん。あの人絶対モテへんわ」
さっきまでの冷徹な軍師顔はどこへやら、私は絶世の美女としての「武装」を整えるべく、鏡の前へと飛び込んだ。
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