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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
Around the World in Ice 編

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紅い夢Ⅱ

サーシャの蓄積した恐怖と不安を吐き出すため、目を醒ますアレックス。 ミヤハへの「メンテナンス」を終え、廊下に出た彼を待っていたのは、魂の色を見通すエルフの少年・ヴィーダルだった。


じっとりとした熱帯夜の湿り気が、ネグリジェ越しに俺の皮膚を撫でる。

ミヤハの布切れ一枚奥にある柔らかさが、耳と側頭部から伝わってくる。

バニラと汗が混じる静謐で、時計の針だけが不作法にチクタクと耳障りに響く。


ベッドに横臥したまま、暗闇に慣れた片目で机の上を見る。


───時刻は十二時。


何だってこんな時間に目覚めたのか。この不愉快な湿度の影響か。理由はともあれ、もう一度眠気を呼ぶには少し時間が入用らしい。


長く伸びたブロンドを後ろで束ねて、眼鏡をかける。サーシャの記憶では、確か倉庫にリキュールの残りがあったはず。


「サーシャ様……?」


寝ぼけ眼で、朦朧とするミヤハ。今は俺であることもど忘れしているようだ。確かアイツの声は……、


「……心配せんでええで。ミヤハ、少しお水飲みに行って来るだけやから」


そう訊くと、ミヤハは安心したようにベッドに倒れ、また寝息を立て始める。それを一瞥して扉を開けた。


廊下には近衛が四名、交代制で巡回している。その内の一人に俺は声を掛けられた。


「サーシャ様、どちらに」


薄い緑色をした頭髪のエルフ。サーシャに最も近い愛玩動物がそこにはいた。

確か声真似はこんな感じだったか……。


「……ゴホンゴホン、───ちょうどええわ。ヴィーダル、付き合って」


「……? 畏まりました」


邸の蔵でリキュールの入ったボトルを持って庭へ出る。廊下を歩いている最中には特にこれといって会話はなかったが、面白いことにこの男、中身がサーシャでないことを見抜いていたらしい。庭に到着して早々に、


「……貴女は本当にサーシャ様、なのですか?」


などと言われてしまっては、こちらも笑ってしまう。

赤い月を肴にグラスに注がれた酒を干し、胡乱げな瞳でヴィーダルの瞳を覗いた。


「どうしてそんなこと訊くんや。何処からどう見ても、私やろう」


「エルフは魂の色が見えます。怒っている時、悲しい時、その人の魂の色は変わります。しかしあなたは丸っきり魂の形が変わってしまっている。……初めて見ました。貴女は本当にサーシャ様なのですか?」


どうやらヴィーダルのやつ、冗談を言っているわけではないらしい。どうしてそんな面白能力を今まで黙っていたのやら。知っていたのなら、俺も姿を現すことはしなかったのに。


「……そんなスピリチュアルな能力がエルフにはあるんか。初耳やな」


「否定なさらないのですね。……教えてください。何ゆえ、あなたはサーシャ様の体の中にいらっしゃるのです。……あなたは神霊の類ですか?」


「……は?」


ヴィーダルのやつ、俺を今何といった? 神霊だと? 


「クククッ……ハハハハハッ……! 悪霊(レンポ)ならいざ知らず、神霊とはまた奇怪なことを。アンタから見て、今の私は神々しいか。そうかそうか」


「嘘でも冗談でもありません。自分の村には、精霊師(シャーマン)と呼ばれる存在がいます。薬や長い鍛錬の末、神を降ろすんです。あなたの魂の色は、その時の変異に近い。このように表に出てこられた以上……何か目的があるのですよね?」


「……」


非常に面倒なことになった。まさか身内以外に俺を見分けられる人間がいようとはな。いや、エルフか。ともあれ、下手な誤魔化しは面倒ごとをさらに増やす気がしないでもない。ココは完璧に誤魔化すしかなさそうだ。


「教えてやろう。俺は月に一度、降臨する。……お前らの知らない神だ」


「……やはり」


「名はアレックスという。サーシャには俺のことは知られていないから、外で俺の話はしないように」


「……承知」


ヴィーダルの肩が強張る。まさかコイツ……本当に神を信じて対話をしに来ているのか?

───下らない。滑稽ここに極まったな。こいつはたぶん、三千世界に煌めく馬鹿の一等星だ。適当にあしらって、酒を飲んで帰るとしよう。


「……俺がココにいる理由だがな。気晴らしに来ている」


「気晴らし……ですか?」


「そうだ。一ヵ月に数日、俺が気晴らしをするためにコイツの体を乗っ取っている。もちろん、このことは身内以外誰も知らない。この邸で知っているのはミヤハただ一人。お前で二人目だ」


「ミヤハ様も……?」


「ああ。秘密にしているのには理由がある。突然世間に俺が出現してみろ。サーシャは気でも触れたと思うだろう。だがお前は違う。そうだな?」


「は、……はい」


「お前にはこうして見つかってしまった以上。俺の気晴らしの手伝いをしてもらう。当然だが、口外はするな。この秘密は墓まで持っていけ。いいな? 分かったらこれを飲め」


俺はリキュールの入ったグラスを渡す。盃の代わりと言っては何だが、ありあわせの物にしちゃ、上等過ぎる。ヴィーダルがそのグラスに口をつけたら、さっそく本題に入った。


「おぉ……良い飲みっぷりじゃないか。サーシャの記憶じゃ、飲んでるところは見たことがなかったな。立派な大人に見える」


酒も飲める、身長だって百八十はある。それに義兄さん(フロスト)ほどとはいかないまでも、十分な種族特有の美形。サーシャのヤツが無意識に傍に置きたがるわけだな。


「あの御方は、私の精神面を見て……そう仰っているのでしょう。私は確かに、落ち着きがなく……堂々ともしていないので……子供らしいと言われても仕方がありません」


「いいや? お前は悪くない。これはサーシャに原因がある。あいつが最も恐れていることは何だと思う?」


「ノヴァーリス商会が赤字になること……でしょうか?」


「おやおや……こいつは調教の賜物だな」


「……違うと?」


「当たり前だ。そんなものはどうにでもなる。あいつが恐れるのは人との繋がりを失うことただ一つ。兎角恐れているのはフロストとの縁だ」


「……馬鹿な、切れることなどあり得ません。二人は相思相愛と聞いています」


チクリとサーシャの心が痛む。この男、不用心に地雷原を歩くのが好きなタイプか?


「それは互いの努力あってのこと。どちらかの脇が甘ければ、自然崩壊する脆い関係だ。彼女の商売も、命も。一体誰が傍にいるから手出しできないと思っている? 今フロストに裏切られれば、それこそサーシャに未来はない。少なくとも、この体の持ち主はそう考えている」


現実と真実はこの際関係ない。と注釈を加えておく。


「フロスト様との関係に慎重でいらっしゃると言うことは分かりました。ですが、話が見えてきません。なぜそれと私を子供扱いする理由になるのですか?」


「分からないか? ……お前、村じゃモテてただろう」


「いやぁ、……どうでしょうか」


心当たりアリって顔だ。そうだろうとも。村長に気に入られ、人質と密偵を兼ねた大事な任務を任される村一番の働き者だ。好意を寄せる人間の一人や二人、いたところでおかしくはない。


「いーや、モテるな。俺にはわかる。そんなお前が傍に近づいてきたものだから、あいつは警戒した。仲良くなっても、越えてはならないラインを定めたんだ。隣に立っていたフロストに在らぬ誤解をされぬために」


「サーシャ様が私を……異性として見ていたと言うことですか?」


ヴィーダルの言葉に苦笑する。コイツ、何も分かっちゃいない。


「馬鹿いえ、そういう目で見る前に一線引いたって話だ。だからお前は未熟な少年としてサーシャの目には映っている」


「フロスト様に二心ありと、疑われないために……?」


その通り。どれだけ熱した鉄も、水を掛ければ冷えてしまう。サーシャは自分の周りに男がいることを危険視している。ノヴァーリス商会の行く末なんかよりもずっと。自分の人生に関わる大問題だからな。


「今までもあいつはそうだった。奇人・変人を仲間に加えることはあっても、ただの好青年を傍に置くことは決してしなかった。それがあいつの生存戦略だからだ。よってこれからも、お前はヴィーダル少年としてあいつの傍にいてやってくれ。なるべく、異性として意識させないように」


そうすれば、後は何もサーシャは困ることもなく。ヴィーダルを可愛がりながら、ヴァナヘイムに冷気は届けられる。そう説明したはずだったのだが───


「……意識させては、いけないのでしょうか」


「……なんだと?」


ヴィーダルの返答は俺の望む答えではなかった。


「フロスト様は───いえ、フロストはココにはいません。彼女をお守りできるのは、私だけです。せめてここにいる時だけでも、許してもらえませんか」


「お前……何を言っているのか分かっているのか」


そう言うと、月あかりでも分かるぐらい顔を顰めて苦しむヴィーダルの顔がそこにはあった。


「……神様にしかこんなことは言えません。……お願いします」


それは紛れもなく告解だった。罪を告白し、赦しを得る。それは罪を自覚するところから始まると言うが、この男のそれは果たして罪なのか。俺にとっては不都合ではあるが、悪ではない。応援することはできないが、黙認するしかない状況だった。


「聞かなかったことにしよう。生憎と他人の恋路に興味はないんでね。……だが、余計な気は起こさないことをお勧めする。フロストに殺される信者なんぞ、俺は見たくないんでね」


「……ありがとうございました」


「……ん? お礼を言われることは別にやってないがね」


「いいえ。おかげで、割り切ることが出来そうです。しばらく引きずるかも知れませんが、私に人の恋仲を裂くような真似はやはりできそうもありません」


「そうか。なら話はこれでお終いだ。俺もそろそろ眠たくなってきたのでな。一ヵ月、また眠ることになりそうだ」


「一ヵ月後……またお会いできますか?」


「お前が約束を守っていれば、あるいは。こんな悪霊でよければ、話し相手ぐらいにはなってやろう」


「……分かりました。アレックスさんで、よろしかったですよね?」


「ああ。そうだ、最後にサーシャのどこに惚れたかぐらい教えてくれ。心配するな、サーシャには伝えない。男と男の秘密だ」


「……それは」


「なんだ? 言いづらい性癖でも?」


「いいえ……その、上目遣いが……無意識だとは思われるのですが……可愛らしくて」


「なんだお前、乳のデカい女が上目遣いで頼み事してきた程度でコロッと落ちちまったのか? ……チッ、なんてことない、ありきたりな理由だな」


「ありきたりで……すいません」


「いや、いいさ。そうやって赤裸々に語れるところはお前の強みだと思うぜ。まっ、サーシャ以外の女を狙うんだな」


「それが出来たら苦労しませんよ~……」


こうして、紅い夜は終わりを告げた。明日からはまたサーシャ様がバリバリ働いてくれるだろうさ。期待して俺は眠りに就くとしよう。








高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。

ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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