夜の商業ギルド───ナニワの令嬢は、獣人たちと協力するそうです。
「……それにしてもよくこんな仕組み考えつきますね。これ私の勘ですけど、サーシャ様、ワザとこの形にしたんじゃないですか?」
額を押さえながらミヤハはそんなことを私に訊いてくる。相変わらず彼女の勘は鋭い。
「おー? その心は?」
「これ、きっと蒸気機関でも再現できますよね。それをあえて人間を動力にしたのには、意味がある。私にはそう見えました」
ミヤハの目は、なぜわざわざ上で踏んで、冷気を送るというシステムにしたのか。という疑問に向けられているようやった。確かに蒸気機関が既に発明されているこの世界で、人力で風を送るシステムは少し時代遅れともいえる。
確かにチョウベーさんにも、図面を見せた時に言われたわ。
「嬢ちゃん、これわざわざ踏むような形じゃなくとも、蒸気機関を使えばもっとコンパクトに作れるぜ」って。
チョウベーさんが当初考えたのは、石炭と氷だけ入れればピストンで動く、もっとハイテクなものやった。私はそれをあえて人間が踏むことで冷気を生み出すという形に持っていったのには、私たちの“立場”にあった。
「私達は外部の人間や。それがわけわからん箱持ってきて、いきなりそこから冷気出してみ。最初こそウケが良いかも知れんけど、それはいずれ嫉妬の対象になる。持ってる相手が人間で、持ってない人が獣人って構図はアカンねん」
その対立はやがて、大きな火種になる。そうなる前に、これは彼らが動かす物という認識が重要やった。
「だから獣人が動かして、冷風を生み出しているように見せる必要があったと?」
「然り。そしてこの感じやと、いずれこの冷風大鞴を買いたいって商人が自然と増えるはずや。───覚えとるか、この流れ」
前にも同じような方法で広めた商品があったやろう、とミヤハに訊く。ウチの一番のメイドならきっとわかる。
「スプリングフェスで保冷櫃をレンタルする、あの流れ……ですね」
「……せや。この冷風大鞴は製造コストが大きい。せやから、沢山作ることはまだ難しいやろう。せやからレンタルにする。壊したら買い取りで、なるべく多くの商店にこの冷風大鞴を体験してもらう」
「それで冷気に取り込まれた商人にサーシャ様が冷風を送るのに必要な氷を売りつける……なるほど。素晴らしいお考えだと思います」
「問題はどのぐらいこの冷風大鞴のレンタル代を吊り上げられるかや」
「なるべくお安く貸した方がよろしいのでは?」
「馬鹿言うな。こういう価格設定は最初が肝心なんや。特に、体験系の商売はな。みんなこの冷風を浴びることの価値を知ってしまっとる。最初の内にどれだけ釣り上げられるかが、今後の冷風大鞴の価値になる。今はその価値を上げるための、民衆を使った“商人”に向けての宣伝をしてんねん」
「あの周りにいる無料で風を浴びている獣人たちが、冷風を只で享受しているようにみえて、宣伝になっている……ということですか?」
「せや。彼らはいわば需要の可視化に貢献しとる。『アイツらは全員後から金を払うかも知れへん』商人たちはみんな、この光景をみたらそう思うやろ? 世の中、タダほど怖いもんはないってことや」
こうして冷風大鞴の初お披露目は成功に終わった。
◇
その晩。私は感触を確かめるために、一度冷風大鞴をパーツに分解して持ち帰り、商人ギルドに出向いた。夜の商人ギルドは、商いを終えた商人たちの情報共有の場として賑わいを見せる。私はその扉を開けると、すぐに視線が集まってるのを感じた。
私の考えを知らん商人たちは、獣人語で私のことを怪しげな商人と言って、侮蔑してる声が聞こえてくる。
一日でこれやから、数日もこのまま放置してたら恐らく、冷風大鞴は破壊されるか、店に被害が出るかどうかの瀬戸際に私は立たされとる。特に同じ飲み物系の店からは嫉妬の視線が痛い。利益を独占する気なら、いつでも潰すという殺気が感じられる。
この『冷たさ』を享受できん者にしてみれば、私はただの不愉快な市場の侵略者や。さぞ早く消し去りたい敵やろう。
「これはこれはバイカル令嬢。夜分遅くにご苦労様でございます」
私がギルドにやってくると、ギルドホールの奥から職員に呼ばれてギルドマスターが顔を出した。服を着た二メートルはある二足歩行の大虎が、犬歯を覗かせて笑みを作る。喋る言葉は完璧な人間の言葉や。
「(獣人の言葉でお願いします。このお話は、なるべく多くの商人の方のお耳に入れたいことですので)」
私はそれほど大きな声で言ったつもりはなかったが、ザワザワと楽し気に聞こえて来ていた喧騒が嘘のように静寂に変わる。トゲのように刺さる視線が痛い。
「(ほう……話とはまさか、お昼にお披露目されていた例のアレ、についてでしょうか)」
もう噂が出回っとるか。さすがに情報が早いな。
「(ええ。あれの製造権と販売権について。お話を持ってきました。私はあの───冷風大鞴と言いますが、あれをヴァナヘイムで普及させようと考えています。独占するつもりは毛頭ございません。製造チームと、販売チームをこの商業ギルドで組んでいただきたく、このお話を持ち込みさせていただきました)」
「ゴロゴロゴロ……」
ギルドマスターの喉を鳴らす音が館内に響く。それが聞こえるぐらい、辺りが静かということもあるやろう。
「(この話、まだ王宮には……?)」
ギルドマスターの猫目が私を中心に捉える。獲物を狙う獰猛な肉食獣の目、野性的な匂いが口から香ってくる。彼が内に秘めた獣性を抑えなければ、今頃口から涎が滴っていたであろう状況で、私は返答をした。
「(出回っていません。今ここにいる商人だけが掴んでいる情報です。国営プロジェクトとすることもできましたが、みなさんとは長い付き合いになると思い、民間でやるべきと考えました。このお話、乗って頂けますか?)」
私がそう訊くと、ギルドマスターは口角を上げ、研ぎ澄ませた牙を光らせた。
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