サーシャ第二の矢───冷風
使用人たちによって荷馬車から慎重に下ろされたのは、ヴァナヘイムの街並みにはおよそ不釣り合いな、漆黒の巨大な縦長ボックスやった。
高さは二メートルを優に超え、素材は熱を通しにくい厚手のオーク材。四隅はチョウベー特製の真鍮フレームでガッチリと補強され、その鈍い輝きが「ただの家具」ではないことを物語っとる。
何より目を引くのは、装置の上部に左右に大きく張り出した、二枚の巨大な踏み板や。それはまるで、鍛冶場にある「天秤鞴」をそのまま箱の上に載せたような無骨な作りで、中心の支点から左右にシーソーのごとく突き出しとる。
「(な、なんだこりゃ! 拷問台か?)」
「(いや、あの上にあるデカい板……ありゃあ鞴だぞ!)」
「(でっ、デッケー!)」
「(人間の国の兵器か⁉)」
獣人たちは突如として現れた黒い塊に、目が離せないといった様子で釘付けになっている。さっそくデモンストレーションでその期待に応えてやろうやないか。
ボックス上部には氷を入れる『アイス・チャンバー』と、低い位置に横一文字に開いた「真鍮製の排気口」が、野獣の口のように牙を剥く。
『アイス・チャンバー』から入れた氷が内部の蛇腹状の銅板を冷やし、空気が通った瞬間に一気に冷気を奪う仕組みになっていた。
「氷持ってきて! ───ミヤハ、ここからはアンタの仕事や」
冷風大鞴は踏んで風を送る。上に載ってペダルを踏むことで、冷気を送れるから、上から力強く踏む必要があった。
「ゲッ……。嫌ですよ」
「私にやらせる気か? 他の使用人と一緒に踏むんや」
「え~……ちょっとだけですよ?」
ミヤハは渋々といった様子で、他のメイドと一緒にメイド服の端を摘まんで、装置の背後に備え付けられた小さな階段を上り、高所のステージへと足をかけた。彼女たちが左右の巨大な踏み板にそれぞれの体重を預けると、装置全体が「ギギッ」と力強い咆哮を上げる。
「踏みますよー? せーのっ!」
メイドたちがロングスカートを持ち上げて、リズムよく交互にペダルを踏み込むたび、天秤状の板がダイナミックに上下に揺れ、冷風大鞴の内部に空気を力強く取り込み始める。
その空気は、上部の『アイス・チャンバー』に詰まった氷によって、キンキンに冷やされた蛇腹状の銅板の間を通り抜け、一瞬にして猛烈な冷気へと変貌する。
次の瞬間───。 足元の排気口から、目に見えるほどの白い霧を伴った暴風が「ビューッ!」と吹き出した。
獣人たちはその風を受け、最初はびっくりして全身の毛が逆立ってしまう。
「(うわっ! 風が吹いたぞ! 冷たい風だ!)」
「(人間は冷たい風を作ったぞ!)」
「(人間ってやっぱり怖い!)」
羨望と少しの恐怖が肌から伝わってくる。彼らにとって冷気は自然の恵み。それを単品で、それも目の前でお出しされた衝撃は計り知れんやろう。
───どれぐらい需要があるか、彼らの顔を見ればす~ぐに分かった。
「(気持ちいい風……)」
「(今日はずっと暑かったから……)」
「(ふわぁあああああ)」
南国の猛暑の中で、ここだけ冷風が吹く。上では汗だくになりながら、使用人達がペダルを押しとるけど……下界はまさに別世界。ヨトゥンヘイム領を引っ張ってきたような冷気がそこにはあった。
「(さぁさぁ! この冷風! 無料なのはここまでです! 風を浴びたい人は、五分でヴァナヘイム銀貨一枚!! 銀貨二枚のフラッペを購入した方にも、三分間冷風を浴びれる権利が与えられます!)」
「(えぇ~!)」
「(ケチ~!)」
「(もっと浴びせろ!)」
途端に止む冷風。獣人たちは風が無くなったことで一部はどこかに行ってしまう。
が───そこに現れたのが金持ちのヤギの獣人やった。
「(おメェ~らどけッ! 俺が払う! もっと浴びせろ!)」
一台の馬車を引いたヤギの商人は獣人の波を押し分けて、冷風大鞴の前にドカッと座った。彼が銀貨を投げ込むと、再び冷風が吹き始める。他の獣人たちは彼の周りにたかるように集まり、冷気のおこぼれをもらって涼み始めた。
「(皆さんこの商人の方に大きな拍手をお送りください! 皆さんに冷気をお届けしているのはこの方です!)」
私の掛け声とともに、無料で冷風を享受する獣人たちから商人の獣人に拍手が送られる。
「(メェメェ、ここは俺が払ってやるから、存分に風に当たるがいいわ)」
ヤギ獣人の男は気を良くして、追加で一時間分の冷風を買ってくれた。VIP体験も味合わせた結果の、一時間で銀貨12枚の儲け───ぼろ儲けや。
「サーシャ様! もう嫌ですー! 変わってくださいー!」
ミヤハが汗だくになりながら上から言って来る。気づけば、使用人以外にも護衛の人とか、ヴィーダルも一緒にペダルを踏んで、空気を送ってくれてるようやった。
このままいけば大儲けやのに、機会損失は困る。私は少し考えて、その場で冷風大鞴を踏んでくれるバイトを雇うことにした。
「(一時間踏んでくれたら、銅貨六枚! 大人も子供も大歓迎! 暇な人は踏んでって~!)」
募集をかけた途端、今度は老人や子供たちが仰山集まってきた。
「(僕にもやらせて!)」
「(わしもまだ足腰は丈夫だぞ!)」
あまりの人気の高さに、回転率を上げるため三十分で銅貨三枚という短期契約に切り替える。それでも志願者は途切れへん。
「ふぅ……やっと解放されました」
汗だくになりながら冷風大鞴から降りて来る私の使用人たち。
「全員にフラッペ奢るわ。ありがとうな」
私は使用人全員にフラッペを配って回る。かれこれ一時間ぐらいペダルを踏んでたから、もうクタクタみたいで、全員が日陰に座りながら項垂れてる。
「サーシャ様。まさかフラッペ一つでチャラとは思ってませんよね?」
「ビクッ!」
使用人たちの目がキラーンと光る。これは……雇用主から金を毟り取る時の目や。
「ちゃんと特別給、全員に支給してくださいね」
ミヤハが使用人を代表して私に恫喝を仕掛けてくる。ただ働きは御免だと言わんばかりに、恨みがましい目で私に特別ボーナスを要求してきた。
「わ、分かってますやん。そんな睨みなさんなや。まさかフラッペで適当に流そうなんて、微塵も考えてませんやん」
変な汗が私の頬をツーっと流れた。
「ありがとうございます。それが聞けて安心しました」
喉を鳴らしてフラッペを口に流し込むミヤハ。いきなり冷たい飲み物を飲んだ勢いで、頭を抱えとる。キーンってなったんやろう。
「あの子達……また明日も来るでしょうか」
ミヤハは頭を上げ、楽しそうにペダルを踏む子供たちを見て、そんなことを訊いてくる。
「そういう風に作った。だから明日も絶対に来る」
これから毎日、ここに来てペダルを踏めば金がもらえるっていう“習慣”を、獣人の子供たちに植え付ける。そうしたら低賃金で働いてくれる最強の労働力の完成やな。
終わった後にフラッペでもご馳走してやれば、こいつらは永遠に私の下にやってくるはず……ケケケッ……最高の集金装置が完成したわ。




