アポなし突撃は駄目でした!───ナニワの令嬢はヴァナヘイムで力を貯めるようです。
エルフの果実を手に入れるために、私は各地を馬車で奔走した。
しかしどこでも私たちは相手にされず、結果、二週間という時間はあっという間に消え、何の手ごたえもないまま私はヴァナヘイムに帰還することになってしもうた……。
「……あかんわ。アポなしで突撃しても、私の顔なら行けるかと思ったけど……普通に会ってくれすらせえへんやんアイツら。……私、エルフ嫌いや」
ブスッと膨れっ面で馬車から降りた私の足元は、二週間の行脚で泥まみれ。
貢ぎ物の菓子は湿気り、保冷櫃の中の氷も、二週間という時間と南国の熱気に負けて半分は溶けてしもうた。
杜撰な計画、甘い見通し。商売人として一番恥ずかしい『無駄死に』をかましてかえってきました、サーシャさんや。見切り発車が成功する時もあれば、失敗する時もあるってだけの話。清々しい完敗やった。
「大損しましたね。サーシャ様」
肩を回しながら欠伸をするミヤハ。エルフの村の門前で『ミーミル・アイス』の実演販売を仕掛けてみたけど、返ってきたのは無反応と、錆びついた槍の穂先だけ。
「……資金はまだあるけど、金庫の底が見えるんは心臓に悪い。しばらくは力を溜めなあかんな」
計画の最短ルートがぽしゃり、地道なルートを選ばざるを得なくなった私は、次の段取りを頭の中で練る。第一の矢が失敗しても第二、第三の矢は既に放たれとる。次はそっちの方を進めていこう。そんな風に考えてると───。
「……お役に立てず、申し訳ございません」
ヴィーダルが消え入りそうな声で頭を下げてきた。
「ヴィーダル、なんでアンタが謝るんや? アンタのおかげで森の中でも迷わず進めたわ。十分仕事したで」
「肝心なエルフの交渉では、足を引っ張ってしまいました」
確かにヴィーダルを見て、明確に敵意に変わってたエルフもおったし、何なら槍を向けられたりもしたけれど……。彼が悪いわけやなかった。
「あれは先方の気が立ってたからな。アンタが悪いんちゃうで。向こうが悪いんや。気にするんやったらそうやな……今晩、私の肩でも揉んでくれ」
ガイドさんにやらせる仕事じゃないと思ったけど、このままずっと落ち込まれてるより、早く清算して上げた方が彼のためやろう。
「はい! 喜んで!」
それからなんやかんやで、私達は今の家に帰ってきた。
私達は現在ヴァナヘイムで、王宮から用意された街の一等地にある豪邸に住んでいる。キャスパリーグ王の持つ別荘の一つで、豪華絢爛は言うまでもなく。
多民族国家の長らしい、様々な文化を取り入れた異国情緒溢れる作りとなっていた。
「なぜ王は、子爵令嬢にすぎないお嬢様にこれほどの贅を尽くすのでしょうか」
ミヤハが荷物を運びながら、訝しげに目を細める。
「……そりゃあ、……ねえ。フロストが王家を打倒した後に、『元気も有り余っていることだし。ヴァナヘイムも一緒に滅ぼしてしまおうか。ハハッ』てきなノリで攻めてきても、私がおったらフロストはヴァナヘイムに手を出せへんやろ?」
「なるほど。人質ですか」
ミヤハはポンと手を叩いた。
「そういうこと。エルフの村を周ってる時も、後ろに護衛がついて来てたやろ? 私を外交カードとして、キャスパリーグ王は利用したいってことや」
“邪見に扱っても、一定の価値は認めて目のつく場所に置いておきたい。”
私はそんな厄介者なのだろうと思うと、薄ら笑みが漏れた。ニマーヌ様と違って、あの猫王の考えは手に取るように分かって気持ちがええ。キャスパリーグ王が筋の通った悪人と分かれば、気分屋の混沌よりも幾分か可愛らしく思える。
「……しばらく大人しくしといて下さい」
ミヤハはブルリと身を震わせて、私が殺されないよう忠告してくれる。ミヤハも私の巻き添えで、磔の刑に処されるのは勘弁みたいやな。
「分かってるわ。やっと国が凪始めたのに、変に波立たせるようなことはしとうない。午後からは店の様子を見に行こう」
二週間の行脚の合間に開店させたフラッペ店。商業ギルドの許可は他国の大商人ってことで、一発で通った。
「それにしても、よくあんなすぐに開店出来ましたよね」
「マリーン・ヴェイルの噂がこっちまで響いてるのがデカいやろうな。諸手を上げて歓迎されたし」
こちらの商人の間でも、『アイスキング』の名は健在で、氷産業が上陸したという噂はもう既に国中の商人に出回っとった。
「ヨトゥンヘイム領でも、最初は歓待を受けましたもんね」
ミヤハはクスリと笑った。
「あん時はどうしようかと思ったわ。フロストは犬の被り物しとるし。シュガーライクは私を書類で罠に嵌めようとしてくるし」
「お嬢様は猫かぶりでいらっしゃいましたし?───けど、短い期間ではありましたが、あの場所が既に懐かしく感じます。ヨトゥンヘイム領の方々は元気にしていらっしゃるでしょうか」
私たちにとってもはや、ヨトゥンヘイム領は第二の故郷になりつつある。特に生まれてから記憶にあるのは王宮におる記憶ばっかりの私にしてみれば、あそこが私の故郷みたいなもんやった。
「今頃戦争の準備で大慌てやろうからな───こっちから食べ物とか冷蔵で送ってあげようか。ヴァナヘイムは食料が飽和してて、食べ物には困らんし」
「大変よろしい考えかと思います。……シュガーライク様が少しでも配給が楽になるように。お計らい下さいませ」
「あい分かった。───まぁ、こっちの売り上げ次第やけど。なるべく多くの食べ物を送ってあげよう。兵站は長期戦になるほど、戦いの肝になってくるからな」
「ありがとうございます。サーシャ様」
お礼を言われることでもないと思いつつ、私達はヴァナヘイムの邸に帰って早々に、フラッペ屋に顔を出した。
「(売上はどうでしょうかー!)」
私は獣人語に変えて、店の店員に声を掛けた。
「(ぼちぼちですー!)」
バイトに雇った現地の猫獣人の女の子がペコリと頭を下げる。ぶち猫獣人の彼女は、白黒の短毛種。毛が短かったらフラッペに毛が混ざらんやろうってことで雇った。
ヴァナヘイムは獣人の国。私の部下が売り子しとったら売り上げが悪くなると思って、獣人を雇ったけど。そこそこ売れてるなら成功やな。
「(ぼちぼちといった感じですか)」
「(はい! めっちゃは売れてないですー!)」
売り上げを確認したけど───確かにシケてる。氷という存在がそもそも王宮でしか出回ってないから、物珍しさに買う客がいる程度で、やっぱりまだ氷というものが浸透してへんみたいやった。
「(そういえば、人間が店出してるいるのは外聞が悪いのでしょうか?)」
「(えっ……、あ……はい……。そういうお客様もいるには、いるかと……)」
途端に歯切れが悪くなる店員。どうやら人間というだけで、そこら辺も風当り強くなってそうやった。
「(では、少し風向きを変えてみましょう。少し店の前を使いますよ?)」
「(分かりました! どうぞ、いつでも使ってください!)」
私は頷いてミヤハに向き直る。私の店やから本来許可も何もないけど、店員にだってスケジュールがあるからな。
「さっきから何を喋っておられるのですか?」
「あんまり売れ行きよくないね~って話と、店の前で実験したいから許可取ったんや。チョウベーさんに頼んでた『アレ』、持ってきてるやろ?」
「あぁ……保冷櫃を改造した、あの妙な器械ですか。馬車に乗せてありますよ」
「運んできて。早速実験を始めよう」
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