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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
Around the World in Ice 編

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規格の支配者と老獪な猫王───ナニワの令嬢は世界に振り回されるようです


「(至急、お伝えしたいことがございます!)」


客間の重厚な扉を叩き割らんばかりの勢いで、一人の猫獣人が転がり込んできた。その額を伝う脂汗を見た瞬間、場を支配していた緩やかな空気が霧散する。


先ほどまで柔和な「もふもふ」の髭を揺らしていたキャスパリーグ王の黄金の瞳が、一転して黒に塗りつぶされる。その瞳の内側にあるのは、客人の前で失態を演じた部下を射殺さんばかりの冷酷に開かれた漆黒(どうこう)だった。


「(話し合いの最中だ。貴様、その耳は飾りか?)」


喉を鳴らすような低い威嚇の声。王が椅子から腰を浮かせた拍子に、豪華なローブが衣擦れの音を立てる。外聞を何より重んじる王にとって、この無作法は耐え難い侮辱なんやろう。


「(も、申し訳ございません! されど緊急事態にございます。ヨトゥンヘイム領に不穏な影アリとの情報。使者より預かった書状にございます!)」


「(……致し方あるまい。持て)」


王は乱暴にスクロールを奪い取ると、フロストへと向き直った。その顔には、驚くべき早さでいつもの「人当たりの良い猫」の笑みが貼り付けられている。


「(フロスト卿、どうやらそちらからの便りのようだ。確認されるがいい)」


フロストが差し出されたスクロールを広げる。私も横からそれを覗き込んだ。

羊皮紙を埋め尽くすのは、シュガーライクの神経質な筆致。インクが滲んでいる箇所がある。あの冷静沈着な仕事眼鏡が、ペンを震わせながら書いた証拠やった。


『ヨトゥンヘイム領近辺にミズガルズ王家の軍が集結。大規模な兵糧の買い付け、および武器の確保を確認。不透明な資金源の出所を間諜が調査中なれど、事態は一刻を争う。……閣下、早急なるご帰還を』


背筋を氷の柱でなぞられたような悪寒が走る。どれだけ早くこの文が届いたとしても、空路のないこの世界では五日から一週間は掛かっているはず。今この瞬間にも私の家と仲間たちが、炎に包まれているかもしれんということや。


「フロスト、問題ないな?」


私は視線だけで伝えた。外交相手がいる場で、弱みを見せる必要はない。フロストは私の意図を汲み取り、泰然とした笑みを浮かべて頷いた。彼はもう、戦場に立つ蛮族殺しの悪魔(仕事モード)の顔をしていた。


「キャスパリーグ王、失礼。急用が入った。大公の件については、また日を改めて話し合いたい」


フロストが立ち上がると同時に、王の瞳がスッと細まった。


「(ミズガルズ王国も忙しいようだ。どうだ、我が国の兵をいくらか貸そうか?)」


事情を薄っすらと把握したのか、キャスパリーグ王はそんな提案をしてくる。


「キャスパリーグ王が何か言っているね。でもよく分からないから、とりあえず『心配ない』とだけ伝えておいてくれ。サーシャ、君はどうする? 残るなら兵の半分は残すが……)」


「近衛だけで十分や。鎮圧するにも兵は多いに越したことはないやろ。それに、今は不穏なミズガルズより、このヴァナヘイムの方が安全やから。……終わったら、すぐに連絡してや?」


「……分かった。行って来る」


翻るマント。その背中に、私は最大級の「呪い(まじない)」を投げた。


「あ、待って。……ちゅっ」


投げキッス。フロストは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから確信に満ちた笑みを残して部屋を出て行った。


その背中を見送った直後。 部屋の温度が、物理的に数度下がったのを感じた。


「(……さて、バイカル令嬢。大公の件は『保留』ということで良いかな?)」


振り向くと、そこには「優しげな猫の王」などどこにもいなかった。キャスパリーグ王は、興味を失ったように窓の外へと視線を投げている。よほど、途中で帰られたことがご立腹のようやった。


「(王を蔑ろにしているつもりはございません。彼はただ、領地の有事に対応しに行っただけです)」


「(だとしても、だ。領地を王家から狙われるような男の推薦状は、一国の王としては書けん。国が落ち着き、卿がまだ『壮健』であれば、その時にまた考えよう)」


老獪な掌返し。勝ち馬に乗りたいのは、誰しも同じこと。昨日まで英雄と崇めていた相手でも、利用価値が下がれば即座に切り捨てる。それが、愛嬌のある猫顔の奥に隠された、この王の真実の顔なんやろう。


「(……畏まりました。私から彼に伝えておきます)」


「(頼んだで)」


王は短く答えると、次の交渉相手───私の兄、アリステアへと向き直った。


「(次は、そちの番だな。アリステア殿)」


「(ええ。ですが、ここからの話はサーシャに聞かせるわけにはいかない。……サーシャ、隣の部屋で控えていてくれないか?)」


「(……フロストがいなくなった途端、それかいな。兄さん)」


机に用意された落ち着くハーブティーの匂いを嗅ぎながら、アリステアは一口啜った。


「(これは初めから決まっていたことさ。フロストさんがいようといなかろうと、僕の計画は変わらない)」


「(あの手紙も……兄さんが仕組んだんやないやろうな?)」


「(……ハハッ。心外だな。僕が直接手を下したわけではないよ。……ただ、少し『唆して』はみたがね)」


背筋に再び冷たい汗が流れる。獣人語で淡々と告げられた、実の兄による裏切り。いや、この男は最初から誰の味方でもなかったのだ。


「(今度は、誰を焚きつけた?)」


「(……ふーむ。お前に教えるのはまだ早いかな)」


「(教えてくれへんのなら、私は全財産を投げ打ってでも、兄さんの嫌がることを全力でするで。私ならもっと低コストに、もっと完璧なコンテナを作れる自信があるしな)」


私は、震えそうな指先を隠すように扇子を握りしめた。


「(お前って、人を陥れるためなら自己犠牲も厭わないタイプだったかい?)」


「(ヨトゥンヘイムの家がなくなる方が私にはよっぽど損失や。あんたとも戦う用意がある、と言ってるんやで)」


沈黙。やがてアリステアは、無造作にソーサーにカップを置くと、人間の言葉で囁いた。


「……なるほど。ずいぶんと居心地のいい(よすが)を得たと見た。……しょうがない。お前の作る物は相変わらず僕の目の外にあるものだからな。……ココは教えておいてやろう」


兄の未来を見通す目は、実際には世界中の情報を頭に入れ、計算して予測を立てているに過ぎへん。私が持ち出す未来の技術は、兄がする未来予知(さきよみ)の外にあった。


「どこの大貴族や? ミズガルズ王国でまだ余裕のある貴族と言えば、限りがあるで」


「ミズガルズ王家に資金提供をしているのは、オリエントにあるドワーフの国───『アールヴヘイム』だ」


アールヴヘイム……⁉ 確か世界で最も進んだ金属加工技術を持つ妖精族(ドワーフ)の国や。


「アールヴヘイムは静観を決めてたはずやろ。どうやって動かした」


「なに。少しばかり経済が停滞しているようだったのでね。特需を求めていたドワーフの賢者たちに、入れ知恵をしたまでのこと。ミズガルズ王国には豊富な鉱物資源がある。ヨトゥンヘイム領には特にね」


ドワーフたちの目的は資金提供をした後の見返り。『豊富な鉱物資源の提供』にあることを、兄は私に教えてくれた。ミズガルズ王国では不要なレアメタルも、技術の進んだドワーフの国では必要になる場合もあるということを、兄はドワーフたちに吹き込んだらしい。


「だけど行動に移したのは彼らだ。僕はほぼ無関係と言っていい。フロストさんと敵対する気もないから、そこのところ誤解しないように頼むぜ」


「どう考えてもお前が発端やないか。なんのために、そんなことをした……!」


「もちろん、世界に『普通(スタンダード)』を作るためさ。戦争はルールを作るための、最も効率的な『過程』だからね。戦場ほど、ルールが求められる場所はない。暴力の前には皆平等にルールを守るのさ。皮肉なことにね」


アリステアの瞳の中に、狂気にも似た純粋な情熱が宿る。自分こそが停滞する世界を前に進める者だと、本気で信じている。この男は、世界で最も危険な死の商人やと確信した。


「……あんたのやってること、普通に悪魔やで」


「何と言われようが関係ない。さあ、出て行きたまえ。今ならまだ、フロストさんの船は出ていないはずだ。……伝えるなら、今しかないぞ」


私は席を立ち、王に一礼すると、ミヤハを連れて客室を飛び出した。廊下を走る私の背中を、冷たい汗と、兄が語った血の匂いのする未来が追いかけてくる。


(まだ間に合う。フロストを追いかけて、対策を練らせへんと……!)


私は重い扉を押し開け、灼熱の陽光が降り注ぐ広場へと駆け出した。


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