冷たい外交と甘い先客 ───ナニワの令嬢、兄のえげつない先行投資に舌打ちが止まりません
……と、兄貴を罠に嵌めてやろうかと思ったのも束の間。
「あぁっ! 王様、そっちは蒸気機関やから入ったら危ないですって!」
キャスパリーグ王は好奇心の塊やった。何処までも私の船を知ろうと駆け回り、おかげで私はその「紫の毛玉」を追って船内を右往左往。ほとほと困り果てていた。
「すごいがね、この船にはマストがにゃーぞ。あの外についとる車輪はなんじゃ! どうやって動くのだ!」
蒸気船という、人間の国が誇る技術の結晶は、王にとって格好の「宝の山」に見えるらしい。背後を歩く私とニマーヌ様を置き去りに、王の躍動は止まらない。
「王様はカラクリがお好きで困った方でありんす。この『蒸気船』なるものも、あの方にしてみれば未知の玩具なのでありましょうね」
ニマーヌ様が上品に袖で口元を隠して微笑む。
「お元気なのは結構ですが……万が一ということも考えております。直ぐにお部屋に戻られるのがええかと存じます」
ストレートな私の懇願も、王は「にゃっはっは!」と笑って聞き流す。一応、世の中には見せてええもんと、見せたらアカンもんがあるんや。私が見せたかったんは「氷の素晴らしさ」であって、蒸気船の内部構造やない。
客室では彼らを癒すための氷グッズが揃っとるというのに、このままじゃ全部「ぬるい水」になってまう。
「永らく閉じ込められておりましたゆえ……外の空気は、まことに心地よいものでありんすね」
髪を掻き上げるニマーヌ様。纏わりつく南国の湿った風さえ、彼女にとっては自由の味なんやろう。……せやけど、歩き回られては商売にならん。
「喉が渇きまへんか。甲板に最高に美味しい飲み物を用意してございます。ぜひ、王にこそ味わっていただきたく」
「ではこちらに持って参れ。儂は歩きながらでも構わんぞ」
「…………畏まりましたわ」
私はミヤハに目配せを送った。大混乱の使用人たちを統率し、ミヤハが阿吽の呼吸で差し出したのは、ノヴァーリス商会特製『キンキンに冷えた果実酒』と、ニマーヌ様用の『氷漬けのハーブティー』。グラスごと保冷櫃に叩き込んでおいた、最高にクールな一品や。
(このジメッとした熱気に、この冷たい一撃。……キクでぇ?)
王は結露したグラスを肉球で器用に受け取ると、一口飲んで「んほぉぉ!」と金色の瞳を輝かせた。
「これは、美味い。ただ冷たいだけじゃにゃー。果実の酸味と氷の清涼感が、喉を滑り降りていくようだに」
「お気に召して何よりです。……さて王様。そろそろ足を休めて、この海の景色を楽しまれてはいかがでしょうか?」
私は誘導するように、甲板に設けた特等席へと二人を促した。ヨトゥンヘイムから運んだ保冷櫃を加工した、即席の冷感ソファ。
「んニャー、確かにこのプヨプヨしたやつは気持ちよさげじゃにゃー。ニマーヌ、行くぞ」
王はどっしりとソファに腰を下ろすと、ふぅ、と長く息を吐いた。夕日に染まり始めたマリーン・ヴェイルの港を眺めながら、不意に鼻をひくつかせる。
「……バイカルの令嬢。お主の兄、アリステアの船にも乗ったが……あそこは、どうにも息苦しかったに。白すぎて、綺麗すぎて、まるで人の気配がせぬ。知らず棺の中に入れられたかと思ったわ」
王の言語センスに、私は内心で舌を巻いた。兄貴の『グルヴェイグ号』は、確かにすべてが規格化された「普通」の結晶。無味無臭で、完璧な効率だけが支配する無機質な空間やったからな。棺桶とは言い得て妙なことを言う。
「でも、この船は違うに。石炭の匂い、飯の匂い、そしてそこで働く者たちの『意地』の匂いがする。……あのアリステアという男が『基準』を作ろうとする者なら、お主は『生活』を運ぼうとする女子のようじゃな」
キャスパリーグ王は、先ほどまでの子供のような好奇心を消し、一国の主としての鋭い眼差しを私に向けた。
「さて、ビャーカル令嬢。雑談はここまでにしみゃーか。……お主、本当は何をしにここまで来た?」
ニマーヌ様も、お気に入りとなった氷枕に頭を預けたまま、じっと私の答えを待っている。女王からの招待状は確かにきっかけにすぎん。私が護衛艦十二隻を引き連れて乗り込んできた真の目的は───。
私は扇子を閉じ、真っ直ぐに王の瞳を見据えた。
「……私の目的は、世界を『氷』で繋ぐことにありますわ」
「ほほう。氷で繋ぐとな?」
「左様でございます。ヨトゥンヘイムには、時間をかけて作り上げた極上の氷がございます。そしてここ、ヴァナヘイムには、世界一の品質を誇る『造船用の木材』が。私は、その二つを交換しに参りました」
「ほう……木材であるか」
私はミヤハに持ってきてもらった大きな紙を甲板に広げ、南国の木材で造られた巨大冷蔵船の設計図を見せた。
「これは、ヨトゥンヘイム領とヴァナヘイムを繋ぐ架け橋となります。この船が完成した暁には、この南の大陸すべてに氷を届けてご覧に入れましょう。……まずは、この軍事クーデターが終わり次第、弱った民衆の心にこの『冷気』という救いを与えるというのは如何でしょう。……悪くない一手やと思いませんか?」
キャスパリーグ王は一瞬、呆気に取られたように口を開けた。けれど、次の瞬間、彼は喉の奥を鳴らして「ガハハッ!」と豪快に笑い飛ばした。
「気に入っただに! 可愛い女子がヴァナヘイムのために氷を届けてくれる。しかも対価は木材ときた。儂らにとっては申し分ない取引じゃ」
「最高の褒め言葉として頂戴いたします。……ではさっそく、王宮との直接取引から開始させていただけますか?」
「いや、それは無理じゃ」
「………………え?」
私の商売人スマイルが、ピシリと凍りつく。
「儂らは既にアリステア商会と氷の取引をしとる。あ奴らの条件は、ウチの国で大繁殖しとった邪魔な『バニラ』の回収じゃ。あ奴らとの取引を取りやめてしもうたら、バニラがまた我が国を埋め尽くすでな。王宮としての契約は変えられん。……代わりに、商業ギルドと話をつけといてやろう。そちらで取引せよ」
「……、……取引は、いつ頃から?」
「つい二ヶ月ほど前やったか?」
二ヶ月前。……スプリングフェスの話を聞いて、速攻でここに先回りしにきたな?
あのアホ兄貴、輸送コンテナだけやなくて、南国の資源まで先回りして押さえるとは。
しかも、よりにもよってバニラ。アイスクリームに欠かせん香りのダイヤモンドやんけ。
(……最悪や。 規格だけやなくて、私の商売を的確に邪魔できるところに兄がおる……)
「なるほど……畏まりました。では商業ギルドと連携を取りつつ、ヴァナヘイムに氷を届けて見せましょう」
「頼んだで」
笑顔で応じたものの、私の胸中は爆発寸前やった。喉から手が出るほど欲しいバニラを、兄貴が平然と「掃除」と称して回収してくる。……全然楽しくない!
(……面倒なことになってきたで、ほんまに。兄貴……アンタ、どこまで私の邪魔をする気や……私と戦争する気か?)
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