兄の野望───アリステアは世界を支配したいようです
アリステア兄貴の船───『グルヴェイグ号』は、一言で言えば「面白みの欠片もない」場所やった。
無機質な船内。統一された制服の従業員。白の壁、白の床、白の扉。無地の絨毯に無地のカーテン。どこまで進んでも、色も匂いも存在せえへん。
「……これ、先に私の頭がおかしくなるわ」
従業員曰く、『普通にこだわってみました』とのこと。誰かが言うてたな。『常識とは、十八歳までに得た偏見のコレクションである』と。
兄貴の常識は、私らとは決定的にズレとる。あの人は「普通」という概念を、もはや信仰に近いレベルで偏愛しすぎているんや。
「汚れ、めちゃくちゃ目立ちますよね? 掃除、大変やないですか?」
すれ違う使用人に尋ねれば、彼らは諦めたような、虚無の微笑みを浮かべた。
もう慣れました。歩くだけで床が汚れるので、非番の時は部屋に籠るのが『普通』なんですよ」
……潔癖症も極まれば、立派な人権侵害やな。
私は機関室まで降り、ようやくそこで無骨な鉄の色を見て、肺に空気が戻るのを感じた。
◇
「アレクサンドル様もバイカル家のご息女。……もしかすると、あの『箱』の凄さが分かるかもしれません」
私の案内役を務める従業員が、期待を込めた眼差しで私を見た。
「箱……?」
「はい。アリステア様はあの箱を見てから、目の色を変えて『普通、普通』と言い始めました。私共には、ただの呪いの箱にしか見えませんが……」
スピリチュアルな道具を兄貴が? いや、あの合理性の塊みたいな男に限って、それはない(とか言いつつ、スピってたら大爆笑やけど)。私はハードルを下げつつ、貨物室の重厚な扉を開いた。
───そこは、大きな声が響く講堂のような広さ。暗く、しんと冷え切っている。外からの光がゆっくりと内部を照らす。最初に見えたのは正方形の面、次にそれが巨大な直方体であることに気づく。
「なんやこれ……」
───最後に、その「鉄の塊」が寸分の狂いもなく積み上げられた絶景に、私は息を呑んだ。
「………信じられん。どうして、この箱がここにあるんや」
兄が手に入れた覇権を握る鍵。それは。
「『輸送コンテナ』やないか……!!」
文字通り、世界の物理的な距離を消滅させた、前世における物流王最大の発明やった。
「やはり、お分かりになるのですか!? この箱の何が、主をあそこまで狂わせるのでしょうか!」
詰め寄る従業員たち。コンテナの凄さを一言で説明するのは難しい。大量輸送、密閉性、防犯性……。
「けど、一番の利点は───」
「一番は?」
「規格化の『基準』にできること……やな」
私の言葉に、使用人たちが首を傾げる。
「規格化……? それって、何でも『一緒』にするってことですか?」
「……そういう、ことやな」
兄貴の言う「普通」の真意を、私はようやく理解した。兄がやろうとしているのは、世界標準の確立。
すべての荷物をこの箱に合わせ、港を、クレーンを、馬車を、すべてこの「基準」で作り直す。守らなければ、物流の輪から外される───そういう枠組み作りや。
「兄さんは、ミズガルズ王国で受けた屈辱を……忘れてへんのやな」
王家にギルドを奪われた、今となっては過去の話。兄は自分が求めた「完璧」に、誰かの手垢が付くことが許せんかったんやろう。だから次はより強固な、誰にも口出しさせない『世界の掟』を作ろうとしとる。
「……兄さんのやりたいことは概ね理解出来たわ。……なるほどそれでこの船か。これからはこの内装を基準にできるように、設計したってわけやね」
覇権の形は見えた。けれど、この清潔すぎて味気ない空間に、キャスパリーグ王やニマーヌ様を閉じ込めておくのは忍びない。見せるだけ目の毒や。
「さーて! ガイドの準備、これにて終了! 案内するにはあまりにもつまらないことが分かったので、王様と女王様を連れて、私は自分の船に戻ることにする!」
「ええっ! 気分屋すぎませんか!?」
「せや! お客さん連れて行くから、橋渡しの準備をしなさい!」
兄貴の野望が分かったなら、私にも私の立ち回りがある。私の目的は、誰よりも銭を稼ぐこと。当然、その「誰か」には兄貴も含まれとる。
(……まずは、兄貴がこのクーデターの黒幕やってことを王様に売って、アリステア商会ごと買い叩いたろか)
「アーッハッハッハッハッハ!」
私は高笑いと共に、真っ白な檻を飛び出した。ルールを作るのが兄貴なら、そのルールをハックして私腹を肥やすのが、ナニワの商人の意地っちゅーもんや。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




