猫の王様とエルフの女王様とナニワの令嬢
救出された獣人の王とエルフの女王。二人が放った「正気」の証明は、クーデター軍の大義名分を一瞬で霧散させた。
その御旗の下に集った猫獣人の私兵集団と、ヨトゥンヘイムの軍勢。その圧倒的な実力を前に、軍部の連中は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。私はそんな戦況を、貨物船の上で受ける報告として聞いていた。
「かの軍神フロストが仲間に加わるなら、鎮圧は一週間で終わる。商人として会話の席に着きたいなら、それまでに王族の面倒を見ておきたまえ。───良いかサーシャ、時間は無駄にするんじゃないぞ」
アリステア兄さんの言葉が脳裏をよぎる。先んじて王族の懐に入り、信頼という名の「先行投資」を済ませておけ、というわけらしい。相変わらず、言葉の裏を読まんと話にならん面倒な人や。
兄さんが王族の隠れ家として提供したのは、港に停泊する漆黒と金メッキの巨大貨物船───『グルヴェイグ号』。
ノヴァーリス・ホールディングスの船も巨大だと思っていたが、これは次元が違う。波止場を威圧するように鎮座する姿は、船というより「海に浮く工場」そのもの。
私はミヤハ率いるメイド部隊二十名、そして兄さんの下で記号化された使用人十名を指揮し、艦内に留まる王たちの世話を任されることになった。
◇
「ミズガルズ王国のビャーカル令嬢よ。此度の働き、実に迅速であった。儂からも礼を言わせてもらおう!」
もふもふとした鮮やかな紫色の体毛。その奥で爛々と輝く金色の瞳。獣人の国の王、キャスパリーグ。
見た目は立派なデブ猫───やなくて、高貴な獅子の風格を持つ猫獣人や。彼は私の手に、分厚く柔らかな肉球を押し当て、力強く握手を求めてきた。
「お久しぶりでございます、キャスパリーグ様。相変わらずのご壮健、何よりでございますわ」
一礼し、さりげなく手についた紫色の抜け毛を払い落とす。視線を隣へ移せば、そこには座っているのか浮いているのか判然としない、幻想的な女性の姿があった。
エルフの女王、ニマーヌ様。背中には虹色の蝶を思わせる薄膜の羽根が広がり、南国の強い日差しの下でも一切の濁りを感じさせない、陶器のような白い肌は正しく王女の証だ。
彼女はその肌を氷枕に沈めたまま、顔をこちらへ向け、ゆったりと瞬きをした。
「世辞はよいわ。はぁ……ここは涼しゅうて、誠に心地がよいのう。サーシャ、お主はいつもこのような場所に身を置いておるのかえ?」
文通相手である彼女とは、日頃から冷気の必要性について熱く語り合ってきた仲。再会の挨拶も、女子会のような華やかさより「実利」への感嘆が勝る。
「ええ。獣人の国もいずれ、氷で溢れるようになります。そのために私はここまで足を運びましたのよ」
「……妾らを助けに参ったのではありんせんのか?」
「もちろん、それもございます。手紙を受け取ったタイミングが、ちょうどヴァナヘイムが水平線に見えた頃でしたの。……運命を感じますわね」
私の商売人スマイルに、キャスパリーグ王がベロベロと毛繕いをしながら割り込んできた。
「すごい偶然もあったものだな。おかげで儂らも命拾いをした。して……ここは令嬢の船か? キンピカで随分と大きいが」
「いえ。この船は兄のアリステアが所有するものですわ。私の船は氷を運ぶため、より『現場主義』な設計をしておりますゆえ」
「サーシャ。王の前だからとて、そう肩肘張らんでもよろしいのよ」
ニマーヌ様が氷枕から身を起こし、優しく微笑む。
「いつも通りの、お主らしい言葉で話してくりゃしゃんせ。王も、それでよろしゅうございますか?」
「構わん。儂も生まれはそんなによろしにゃーでな。おたぎゃー、ラフにいこうに」
快活に笑うキャスパリーグ王。血統ではなく民の投票によって選ばれたという、世界でも稀有な「民意の王」。その懐の広さは、確かに一国の主としての器を感じさせた。
「……畏まりました。せやったら、何かあればウチのメイドに言うてください。王宮より不便でしょうけど、なるべく快適に過ごせるよう配慮しますんで」
「それだったらビャーカル令嬢。一緒にこの貨物船を探検しようじゃないか」
「探検……ですか?」
(いきなり何を言いだすんや、このデカ猫は。命を狙われてる自覚は皆無か?)
「仕事を頼もうにも、何があるのか知らなんだら注文もできんだろう」
王の提案は、好奇心というより、支配者としての「検分」に近いように思えた。私は二人に深々と頭を下げ、急ぎガイドの準備を承った。
(ガイドも何も……私がこの船知らんのに、どうやって歩いたらええんや。下手に歩き回ったら迷子になるでこれ……)
区切りが良いので、今回は少し短めです。




