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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾


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7/8

食堂で仕事のお話なんてナンセンスやろ。……え?仕事の話しかすることないって?それは、まあ、そう。

ヨトゥンヘイム邸、一階食堂に降りてきた私たち。


食堂入口の、銭湯の脱衣所にどっか似てる部屋に入って軽く身震いすると、部屋の奥から洩れてくるぬるい暖気が私たちを包み込んだ。


この空間は外から戻った使用人や兵士が雪を払い、凍った外套を脱ぐためのスペースになる。


兵士とかは更にここでブーツの泥をスクレーパーでとったり、鎧や剣なんかを掛けるラックがあったりと、ここに装備を置いて食堂に入るんや。


濡れた靴下を乾かす熱い銅板とか床の硬質なゴムマットから見ても、予算の掛けられ方が他の部屋とは異次元にちゃう。


フロストが軍に力を入れているのは間違いないけれども、軍の英気を養うことにはホンマに徹底しているのが、この施設だけ見てもすぐにわかる。


常勝無敗の公爵様は金の使い方も一流みたいやな。


「おーさむ……シュガーライク、アンタ生きてるか?」


振り返ってミヤハに肩を借りるシュガーライクが眼鏡をクイッとあげた。


「このぐらい、どうということはありません」


そうはカッコつけて言うとるけど、あんた足フラフラやん。


何日もまともに食べてないみたいな顔しとるし、……フロストはずいぶん世話の焼ける部下を持っとるみたいやなぁー。


……よう今まで死なずに生きてこれたで、ホンマに。


「余りご無理はなさらないでくださいね」


肩を貸すミヤハはそう言いながら、食堂の重い二重扉を押し開け、さらに防寒用の厚いフェルトカーテンを押し分けて私たちを中に入れてくれた。


すると今度は、蒸気パイプが吐き出す湿った熱気が私たちをお出迎えし、同時に食堂の中は溢れる様々なご飯の匂いが私たちの鼻腔(びこう)をくすぐってくる。


100人以上が一同に食事を取れる、フロスト邸自慢の大食堂が顔を(のぞ)かせた。


「ファ~……いつ来てもええ匂いするわ、ココ」


朝の八時から夜の十二時までずっと動き続けてる厨房では、使用人と邸の守備隊が各々決められた席で食事をとる。


中央には全ての部屋に設置して欲しい、巨大で豪華な鋳鉄(ちゅうてつ)製ストーブが我が物顔で君臨(くんりん)していて、その周囲を取り囲むように(すす)けたオーク材の長テーブルは配置されとった。


時刻は三時過ぎで、おやつ休憩をしている使用人や兵士が、ちらほら席に座っているのが遠目に見える。


遠くで聞こえるスープ皿をスプーンが叩くカチャカチャとした音と、兵士たちのダミ声混じりの低い笑い声。


王宮の静まり返った食事とは正反対の、泥臭い『生』の音が私には心地よく聞こえた。


「これはこれは、バイカル様にシュガーライク様。どうぞお席に」


私らは食堂を仕切る使用人に上座の長いベンチに案内されると、食事が運ばれてくるまでの間、息をついた。


「あぁ~………温かい」


長いベンチの下には料理に使われた排熱が通過するパイプがあるおかげで、私たちの座るベンチは程よい一定の温かさで保たれる。


床は牛革と絨毯(じゅうたん)が層になって、絶対に冷気を伝わらせるかっちゅー意地が感じられて最高や。


外は普通に氷点下十度とか、夜やったらマイナス三十度超えるけど、ココはそれを感じさせない楽園で、簡単な会議とかならここでしてもええぐらい、みんなの(いこ)いの場所になっとった。


今日はさらに食堂に人数がそこそこいるおかげで、部屋の空気はいつも以上に温かい。


隅で本を読んでる非番の兵とかもおるけど、基本はいつも食器の音とか笑い声が絶えん騒がしい場所やった。


私はこっちの世界じゃ子爵令嬢として、ずっと静かに食事する習慣が続いてたから、ここの空気には凄い懐かしい気分にさせられた。


「サーシャ様はもうお食事済んでますよね? アフタヌーンティーに何か食べます?」


ミヤハにそう訊かれて、私もなんかお腹が空いてきよった。


「せやな……じゃあスコーンでも貰おうか」


「たっぷりのジャムとクロテッドクリームもご一緒でよろしいですね?」


メイド服をひらりと(なび)かせて、ミヤハは立ち上がる。


「それでええ」


「紅茶はどうされますか?」


ダージリンって気分やけど……、フレーバーはどうするかな。


「シュガーライクさん、この後お話するんですよね?」


「日を改めても結構ですよ」


「いいやするで。ミヤハ、ちょっと長めに抽出してくれる?」


下手したらこの暖かさのせいで、届く前に眠りこけてしまいそうや。

それでミヤハも察してくれたのか、クスクス笑いよった。


「でしたらアッサムにミルクをたっぷりと」


「ええやん。それで頼むわ」


「かしこまりました」


シュガーライクの食事と私のアフタヌーンティーが運ばれてくる間、私たちに一切の会話はなく、お互いに喧騒(けんそう)を右から左に聞き流しながら目を閉じて食事が来るのをまった。


お互いに疲れとったし、なにより別に仕事以外の話もする気がなかったからな。





「では食料配分について、アレクサンドル様のご意見を伺いたく思います」


「その前に全体の流れを説明してや」


「もちろん。ご説明させていただきます」


シュガーライクは運ばれてきたシチューを綺麗に平らげた後、私に今後の分配について大まかな流れを説明してくれた。


既に頭の中に構想はあったらしく、暴走寸前のデモ隊を抑えるための工夫や、慈善事業(じぜんじぎょう)にならない合理性の(かたまり)のような計画を打ち明けてくれる。


まずは飢餓(キガ)で動けない層や、購入能力が完全にゼロの困窮(こんきゅう)層に対して無償で配布すること。けど、これは全人口の最小限に抑えるらしい。


「皆さん苦しんでいるんじゃないでしょうか?」


ミヤハはもっと広く救いの手を伸ばすべきと提案したけど、シュガーライクはそれに首を横に振る。


「いえ、供給が圧倒的に足りていないだけで国内にも農家はいます。彼らの生産意欲を削ぐような行為は極力避けるべきだと考えています」


「でも……とても可哀想です」


「感情を優先するようなら、この公爵領では生きていけませんよ?」


キュン……。

シュガーライクの氷点下ボイスに、ミヤハが頬を赤らめて(もだ)えとる。

……もはや言われたくてワザと言ってるやろ。


あかん、このメイドの性癖(ドアホ)は救いようがないわ。


……フォローするだけ時間の無駄やな。


「……言い方はクソやけど、理屈は通っとるな。ほな、価格抑制販売か?」


シュガーライクは小さく口角をあげた。


やっぱりこういう会話を求めてたみたいやな。それにどうやら無償で配らない分、安く買えるように卸すつもりらしい。


如何にも政治屋っぽいやり方で気に食わんけど。


「ええ、サーシャ様のおっしゃる通りです。『生産コストを割らない程度の価格帯で販売』、こちらを検討しております」


シュガーライクのヒビが入った眼鏡が白く光った。

悪くない……けど彼のやり方には注意しないとアカンところがいくつかある。


「となると、怖いのが高値の転売……闇市で取引されることやな」


私はデザートのカフェラテを飲みながら思案する。


安く売ったらその善意に付け込んで高額転売するバカが必ずでてくる。


そういう奴らを潰すためにも供給元はしっかり分かるようにしとかなアカン。


……それを今の技術で止められるか? 


「それについては、総力をあげて『どこに』『どれだけの食料が』『いくらで供給されているか』を明確化して防ごうと考えています。卸先についても複数の業者に競わせつつ、価格上限(プライスキャップ)を設けることによって、不当な吊り上げを抑止する方向で検討しています」


シュガーライクは早口でそう言いながら、最後に「簡単なことではないでしょうね」と付け加える。

そこは公爵邸に集結した頭脳の使い道やろう。


「ええんちゃう。たぶんそれでも一部は闇市に流れるやろうけど、それは市場の潤滑油として放置するん?」


「規制するコストに見合いませんから」


シュガーライクは思ったより柔軟に悪を許容できる男のようやった。

頭でっかちに全部規制する、なんて言われたらどうしようかと思ったけど。

これならまあ、ある程度秩序を維持したまま食料は行き渡るか。


───けど、詰められるところはまだあるな。


「食料配布の部分で一点。あんたに訊きたいんやけどええか?」


「なんでしょう」


「無償で配布するって、ちょっと甘すぎへんか? 私やったら条件付きで配布するけど」


困窮層だからといって、ただ飯喰らわせる気はなかった。

それにシュガーライクは少し戸惑ったように眼鏡のブリッジを押さえる。


「借金のような形で余裕のある時に返済をして貰う、ということでしょうか?」


私は首を横に振る。そんな精神的な枷を掛けると人間は身動きが取り辛くなって予想外の行動に乗り出す。それは愚策中の愚策や。


「彼らには金やなくて労働力で返してもらいたいねん。インフラ整備か新しい事業に使う労働力としてな。アンタ食料を安く売るんやろ? それで一時的に手に入れた金でまた食料の輸入に頼るってなったら辛ない?」


常に領地の金が外部に逃げるような仕組みはどうしたって未来に繋がらん。領地の中で投資して、利益を出せるうちに出さんと、戦争で蛮族から奪ってくるだけじゃ、収入に波があり過ぎる。


今回みたいに戦争の準備で一時的に金がない状態になったら、また飢饉が発生して大量に死人がでるからな。


「既に莫大な利権を持っとる公爵様やけど、その収入の殆どは食料の輸入に使われとる。そしてそれを変えることはできん。せやろ?」


「ええ。ここは寒すぎて自給自足できるほど食料が手に入らないのが現状です」


それでも人口が増えてるのは、偏に公爵様が戦争に勝ち過ぎて収入があるから。

大量に稼いで輸入できるから人は増える。でもそれは戦争があるおかげや。


国外の蛮族が全員死に絶えたり、和平されたりすると、たちまちこの領地は立ち行かなくなる。


しばらくは問題ないかも知れんけど、このまま人口が増え続ければいつかは破綻する。その前に自立できる産業がもう一つか二つなければ、私達は平和な世の中に殺されることになるやろう。


苦しいからこそ、何か別の道を探る必要があった。


「何かに投資……ですか。残念なことに大規模な投資ができるほど、この領地にパワーは残っていませんよ? 機会があるとすれば、フロスト様が戦争に勝ち、その賠償金を手に入れて帰ってきた時ですが……それもしばらくは先の話です」


できれば大規模な工業化など進めたいものですが……、とシュガーライクは夢を私たちに語る。今はまだ夢物語でしかないけど、絶対に叶えて見せるという彼の野望にまたミヤハはときめいていた。


……こいつ、前世は売れないバンドマンとかに沼ってそうやな。

とか一瞬思ったりしたけど、夢勝負なら私も負けてない。

アレクサンドル・バイカルにも夢があるんや。


「いやいやシュガーライクさん、忘れてるで。ほっとんど設備投資ゼロで売れる商品がこの領地にはあるやろ」


しばらくの逡巡(しゅんじゅん)の後に、ハッとしたようにシュガーライクは顔をあげた。

ひび割れた眼鏡の奥、その知性の塊のような瞳が、かつてないほど大きく見開かれる。


「……………氷か!」






次回はメインテーマの『氷』に触れて行きます。



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よろしくお願いいたします。

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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